Z.汚穢消滅


 勇者たちの戦いを見守るディビジョン艦隊、オーダールームが備えられたディビジョンZ超翼射出司令艦ツクヨミ、攻撃司令艦たるディビジョン[最撃多元燃導艦タケハヤ、傷ついた勇者たちを修理するディビジョン\極輝覚醒複胴艦ヒルメ。
 そこではソール11遊星主と戦うことを選んだGGG所属の多くの人々が、EI−EXと戦う勇者たちのサポートをしている。彼らは直接戦うことこそできないが、勇者であることに変わりはない。ただ――だがしかし。
 彼らはただの人間だった。
「う……げぇええええええっ!」
 いきなりディビジョン艦隊の各所でクルーたちが嘔吐した。中には吐血している者も、昏倒している者もいた。よく見ればまるで動かない者もいる。
「どうした!?」
「わかりマセン、ディビジョン艦内のいたるところでクルーが体調不良を訴えてい、マース…」
「スワン君!?」
 突然シートから滑り落ちたスワンに大河が駆け寄り、助け起こす。スワンの顔は真っ青で、彼女を支える大河の顔からも血の気が引いている。
「ごめんなサーイ…ちょっとめまいがしただけデス…」
 たったそれだけを言うのも辛そうだ。
 ツクヨミのオーダールームでも、スワンのみならず命らオペレータたちがばたばたとシートから転げ落ちている。火麻でさえいつもより動作が鈍っている。
『瘴気にあてられたか! 気をしっかりもて、すぐにそちらへ向かう!』
 異変を察知したデモンベインがEI−EXを離れてディビジョン艦隊へ急行する。だが折りも悪くそこにEI−EXのレーザー攻撃が集中する。
「くっ……ニトクリスの鏡!」
 ニトクリスの鏡によってバルザイの偃月刀をミラーコーティングしてレーザーを反射する。だがそれも咄嗟に作り上げたものなので急場しのぎにもならず、すぐに亀裂が入る。
「プロテクト・シェードッ!」
 九郎がデモンベインの機体にミラーコーティングを施してレーザーを受ける覚悟を決めかけていたとき、ジェネシックがレーザーとデモンベインの間に割って入った。そして左手から展開したプロテクトシェードで受けたレーザーを集約してEI−EXに撃ち返す。
「助かったぜ!」
「ディビジョン艦のみんなを頼む!」
 ガイの言葉に頷くとディビジョン艦隊に全速で向かう。もちろん、去り際に砕かれたニトクリスの鏡の鋭利な破片をEI−EXに叩き込むのも忘れなかった。
「ブロウクン・マグナム!」
 ジェネシックはプロテクトシェードを展開しながら、背後に向けて右の拳を撃ち出す。無論、それはデモンベインやディビジョン艦隊に向けたものではない。拳は急激に方向を変え、EI−EXの巨体に突き刺さる。
 デモンベインはディビジョン艦隊とEI−EXの間に陣取り、焔を吹き上げるバルザイの偃月刀で光り輝く五芒星形を描く。その清浄で力強い防御結界が汚穢なる瘴気を完全に遮断する。
「お…おお、吐き気がおさまってきた…」
『汝ら、さっさとガオガイガーの援護をせい! 妾らがこっちに来たせいで押されておる!』
 アルの叱咤を待つまでもなく司令官席に戻った大河が的確に指令を出す。
「わかった! ガイ、この状況ではクルーの退避ができない! よってゴルディオン・クラッシャーは当てにしないでくれ!
 卯都木くん、ゴルディーマーグ射出準備!」
 その命令を聞き、ツクヨミでは椅子に戻ったばかりの命がカタカタとコンソールを操作する。
「了解! ゴルディーマーグ、射出可能です!」
 それを待ち構えていたかのように、ガイからの通信が入る。
『頼むぜゴルディーッ!!』
「待ちくたびれたぜ!」
 機体を修復されてから初のゴルディオン・ハンマーの使用なので、ゴルディーマーグ自身かなりいきり立っている。
「ゴルディオン・ハンマーッ! 発動承認!」
 大河長官が懐から取り出した『国連事務総長承認』と書かれたゴールドキーを安全装置に叩き込んでひねると、ゴルディオン・ハンマー発動承認シグナルが命のコンソールに転送される。
「卯都木ぃ!」
「了解! ゴルディオン・ハンマー、セイフティディバイス・リリーヴ!」
 火麻参謀の大声を聞きながらゴルディオン・ハンマー発動用に換装されたコンソールに命がゴールドカードをモニター横のスリットに叩き込むと、ゴルディーマーグに発動承認のシグナルが送信される。
 ミラーカタパルトから射出され飛行中のゴルディーマーグがそれを受け、変形を開始。ゴルディオン・ハンマーとそれを制御する超AIがある頭部がボディから分離し、ボディが巨大なマニピュレイター・マーグハンドに変形する。ジェネシックはその後を追い、右前腕部を分離してマーグハンドとコネクトするために狙いをつける。
 しかしジェネシックがゴルディオン・ハンマーとコネクトするため無防備になったその瞬間に、待ち構えていたかのように機械の腕が飛び出してくる。回避するのは簡単だが、そうすると確実にコネクトに失敗してしまう。それではゴルディオン・ハンマーが起動どころかコネクトする間もなくEI−EXに飛び込み、破壊されてしまうことは目に見えている。
「ストレイト・ドリル!」
 ジェネシックが右腕の位置を変えずに左膝のドリルを突き出す。機械の腕の先端が鋭利に破壊され、錐で刺されたような穴が開く。そこにすかさず右膝のドリルを突き入れる。
「スパイラル・ドリル!」
 広範囲の破壊に適したスパイラル・ドリルをストレイト・ドリルによって穿たれた穴に突き込むことで相乗効果が生まれ、手の部分が吹き飛んだ。しかし即座に部品を組み替えて、足りない部分は肉を詰め込んで新たな手を構成して再び襲い掛かってくる。
(どうする!? 避けないとやばいが、そうするとゴルディーがやられちまう!)
「アトラック・ナチャ!」
 その声とともに機械の腕の動きが急に停止する。背後を見れば、結界を張り続けているデモンベインの頭部から伸びた鬣が赤く染まり、大きく広がっている。その赤い糸が宇宙空間に漂う岩石を支点として蜘蛛の巣を構成し、機械の腕を拘束しているのだ。これがデモンベインの捕縛結界呪法アトラック・ナチャ。ヒューペルボリアのヴーアミタドレス山の地下で永遠に橋を架け続けるといわれる蜘蛛の怪異の力を用いた魔術だ。
 ジェネシックはデモンベインに軽く頷くと、わずかにずれていた方位角を修正、ガジェットフェザーの出力を上げて追いつき、マーグハンドとコネクトする。
「おおおおおおお! ハンマーコネクトォ! ゴルディオン・ハンマ―――ッ!!」
 マーグハンドを広げてゴルディオン・ハンマーを握る。その機体は溢れ出るエネルギーによりまばゆい黄金に輝いている。地球において、この姿になった勇者王は畏怖をこめて『黄金の破壊神』と呼ばれていた。
「ガイ、致命傷じゃなくてもいいからとにかく広範囲にダメージを与えろ! そうすりゃ瘴気は止まる!」
 大きな傷を負わせればその修復に魔力を回すことになり、瘴気を噴き出すなどという無駄はできなくなるのだ。それまでデモンベインはディビジョン艦隊の前を動くことができず、ほかの勇者たちの戦況が悪化する可能性が高い。
「よし、エネルギー切れまで振り回せぃ!」
 ゴルディーの言葉どおり、ジェネシックは右手のゴルディオン・ハンマーを振り回し、左手の黄金の爪、ゴルディオンネイルを振るう。手始めに光にされたのは、ついさっき襲い掛かってきた機械の腕だった。
「ゴルディオン・マグナム!」
 さらにエヴォリュダーの能力で遠隔制御したマーグハンドごとゴルディオン・ハンマーを発射し、その後を追って縦横無尽に左右のゴルディオンネイルを振るう。
 ゴルディオン・ハンマーとジェネシックが駆け抜けたあとにはまばゆい光だけが残る。EI−EXにとって決して致命傷ではないが、これによって生じた隙は致命的だ。
 そこを狙って、防御結界をたたんだデモンベインが二挺魔銃から神獣弾を放つ。
「フングルイ ムグルウナフ クトゥグア フォマルハウト ンガア・グア ナフルタグン イア クトゥグア……!」
「イア イア イタクァ イタクァ アイ アイ アイ イタクァ・クフアヤク・ブルグトム・ブグトラグルン・ブルグトム イタクァ・フタグン ウグウ イア イア アイ アイ アイ……!」
 二挺魔銃の神獣形態をさらに強力に。旧支配者にしてフォマルハウト恒星に棲まうクトゥグアとウェンディゴの名で知られるイタクァを召喚し、しかもわざと制御をはずす。もちろん『味方を攻撃してはいけない』程度の制御は施すが、それ以外は自由に破壊させる。
 ある部分はクトゥグアの超高熱により焼滅し、またある部分はイタクァの極低温により瘴滅する。宇宙空間でありながら二頭の神獣が通ったあとには陽炎が揺らめきダイヤモンドダストが輝いている。
 光と陽炎とダイヤモンドダスト。醜悪なEI−EXは二体の勇者によって美しい光のショーへと姿を変えさせられる。
「ガイ! そろそろエネルギーがなくなってきたぜ!」
「サンキュー、ゴルディー! あとは俺たちに任せろ!」
 ガイはそう言うと、金の輝きをなくしたマーグハンドをヒルメに帰還させる。
 クトゥグアとイタクァも思い思いに破壊を楽しんだあと、宇宙のかなたに飛び去って行った。
 人間に影響を与えるほどの瘴気がなくなり、デモンベインがディビジョン艦隊から離れてジェネシックに寄り添う。
「よくやった! 無防備な今が勝機ぞ!」
 ジェネシックとデモンベインが最大速力で左右に別れ、EI−EXを挟んで対峙する。
「ヒラニプラ・システム、アクセス!」
 九郎がヒラニプラ・システムにアクセスすると同時に、アルは電波が届くだけの極小の世界間ゲートを開く。
「小娘、緊急事態だ! さっさとナアカル・コードを送れ!」
『まったく、いきなり消えたと思えばどこからともなく通信を入れて、わけが分かりませんわ! 帰ってきたらしっかり説明していただきますからね!』
「相も変わらず、いちいち小うるさい娘だ! 早くせい!」
 デモンベイン最強の技、第一近接昇華呪法レムリア・インパクトの起動シークエンスが作動。発動キーたるナアカル・コードの受信を待つ。
「ヘル・アンド・ヘヴン!」
 ジェネシック・ガオガイガーの右手にその攻撃エネルギーが、左手に防御エネルギーが集中する。そして放たんとする技の驚異的な破壊力から機体を守るため、ガジェットガオーの頚部から第五・六・七節が分離してジェネシックの両手に装着される。
『言霊を暗号化、ナアカル・コードを構成せよ!』
 少女の玲瓏たる声が紡ぎだす指令がデモンベインのコクピットに響く。小言がうるさくとも、実戦経験が乏しくとも、絶対に折れない芯が心の中にある彼女は実に有能な司令官だ。戦場においてこれほど心強い通信はない。それを聞き、ナアカル・コードの受信とヒラニプラ・システムの解凍を確認して九郎が必滅の術式を、アルがその演算を開始する。
 ――底知れない闇の底から囁くような声が聞こえた。
 ――手に執れ。其れを。窮極呪法兵葬――輝くトラペゾヘドロンを――
 しかし九郎はその声を難なく退ける。なぜか、ティベリウスを葬ったときのような圧倒的な強制力はほとんど感じられなかった。
 ならばあのような制御が困難で、わけもわからず、それでいて究極的に危険なことが直感的にわかるモノを使うことはない。
「光差す世界に汝ら暗黒、棲まう場所なし!」
 デモンベインの右手に、その動力炉たる獅子の心臓に内蔵された銀の鍵を介して無限の平行宇宙からから無限のエネルギーが流れ込む。同時にフェイスガードが一際強い光を放つ眼以外を覆い、魔に犯された世界を見据え続ける不変に険しい表情を窺うことができなくなる。
 右手に凝縮された術式が輝く。両の手を頭上に掲げ、ゆっくりと左右に下ろして背後に曼陀羅のような、光輪のような図式を展開。
 レムリア・インパクト。対象の字祷子(アザトース)構成を崩壊させる必滅の術式。存在崩壊を喚起させられた敵対象の内宇宙に特異点を発現させ、質量零、重力無限大、熱量無限大の状況を生み出し昇滅せしめる究極の奥義。つまりは机上の空論でしかありえない状況を現実のものとし、その荒唐無稽な威力を以って魔を滅する、理不尽を否定するための大理不尽。
「ゲム・ギル・ガン・ゴー・グフォ……!」
 ジェネシックは攻撃エネルギーが宿り赤く輝く右手と防御エネルギーが宿り黄色に輝く左手を胸の前で組み合わせ、キーワードとともに二つのエネルギーを強引に融合させる。それにより、圧倒的な破壊エネルギーがジェネシックの機体を覆う。
「ウィ―――タァッ!!」
 終いに叫ぶは『生命』を意味するキーワード。それにより、全身を荒れ狂っていたエネルギーは組み合わせた両の拳に集中する。同時に、噴出した膨大なEMトルネードがEI−EXの巨体を包み込む。
 ヘル・アンド・ヘヴン・アンリミテッド。勇者のみに許された絶対勝利の力だ。
「乾かず、飢えず、無に還れぇぇええええ―――!!」
 デモンベインが右手を腰溜めに構え、シャンタクからフレアを迸らせてEI−EXに突撃する。右掌の中の呪法に耐えかね、機体が小刻みに振動する。コクピットでは各所から火花が散っているが――九郎はそんな瑣末なことに意識を割かない。半ばトランス状態に入っている九郎をサポートするアルも、そのバイクのようなシートにしがみついて術式のコントロールに全精力を注いでいる。
「おおおおおおおおおおお――――!!」
 デモンベインから先んじること数秒。ガジェットフェザーを最大に解放したジェネシックはEI−EXに迸るジェネシック・オーラを叩き込み、のみならず脆弱化した防御壁を強引に突破、EI−EX本体に突撃し、穿孔し、のたうつ巨体を貫通する。それに伴ってEI−EXの醜悪な紫の体が膨れ上がり、あちこちから清々しい緑の光があふれ出す。
 同じく最強の技を放たんとするデモンベインのすぐそばを飛び去りながら、ガイは九郎たちに声をかける。
『いけぇ、九郎! アル!』
 内外を駆け巡る圧倒的な破壊力によりEI−EXの崩壊が始まる。だがそれはゾンダーとしての側面でしかない。旧支配者の力を宿す武器を用いて戦ったとはいえヨグ=ソトースの落とし子としての側面に与えたダメージはゾンダーサイドに比して若干少なく、おぞましい粘液を噴き出してゾンダーを修復し始めている。
 しかしそれを許すほど、魔を断つ剣はなまくらではない。
「レムリアァァァ……ディレイ・インパクトォォオ―――!!」
 外道、許すまじ。ただそれだけのために生み出された、科学と魔術の混血児。魔を断ち、魔を絶つ刃・デモンベインが掌をEI−EXに突き入れる。そしてそのまま周囲を飛び回り、円状に術式を設置してゆく。EI−EXを一周したところでデモンベインが急速離脱すると巨大な球形の結界が展開され、その内と外を完全に遮断する。
「一斉昇華!!」
 アルの声と同時に結界が収縮し、EI−EXを無限熱量で灼き尽くしてゆく。レムリア・インパクトは基本的に一撃必殺。一撃のみで一区画を吹き飛ばす威力を持つそれを、数秒ごとに設置した総量は優に数百。それを一斉に起爆し、結界により無限の熱量と衝撃波の総てを内へと向かわせた威力は推して知るべし。
 GSライドと獅子の心臓、ジェネシック・オーラと魔力、そして共通する勇気によって打ち砕かれ、灼き尽くされてゆくEI−EXは、しかしまだ敗れてはいなかった。
 勇者部隊の猛攻にさらされて消耗しきっている上にジェネシック・オーラによってずたずたにされ、無限熱量によって昇華しつつあるというのに、ソレは未だ息絶えてはいなかった。のみならず、諦めてすらいなかった。
 勇者たちを近づけまいとしてか、その巨体を高速で回転させはじめた。それによって機能停止寸前にまで追い込まれた機械と肉の混合物が無数にちぎれ飛んでいるが、最早痛覚すらないのかそれとも気に留めている余裕がないのか、一向に回転を止めようとはしない。実際に放っておいても数十秒で完全に力尽きることは誰の目にも明らかであり、EI−EX自身だけが気づいていないなどということもあるまい。
 つまり――何かしらの抵抗を試みている。
「ンガイ・ングアグアア・ブグ=ショゴグ・イハア、ヨグ=ソトホース、ヨグ=ソトホース……」
「なんだ…!?」
 ガイがこの世のものならぬ声を聞いて咄嗟に身構える。
「イグナヰイ……イグナヰイ……トゥフルトゥクングア……ヨグ=ソトホース……
 イブトゥンク……ヘフイエ――ングルクドルウ……
 エエ・ヤ・ヤ・ヤ・ヤハアアア――エヤヤヤヤアアア……ングアアアアア……ングアアアアア……フユウ……フユウ……
 ち…力を!……ヨグ=ソトホース……ち、ち、父上!」
「これは『第九の詩』! ヤツめ、父親にすがるつもりだ!」
 アルがEI−EXのせんとするところを察して叫ぶ。
 旧支配者ヨグ=ソトース。時間と空間を超越し、あらゆる世界に偏在する門にして鍵。この世界においてはウムル=アト・タウィルと古ぶるしきものとして知られる神性。外見こそ虹色の球体の集積物に過ぎないが、旧支配者の中で最も偉大とされるアザトースと並び立つとされる、神――邪神とでも称さねば言い表せない存在だ。
 そんなものを呼ばれたら、いくらGGGとデモンベインといえど勝ち目など微塵とてない。
「んー、でもま、問題ないんじゃないか、二人とも?」
 だが九郎はあっけらかんとしている。
「ああ!」
 通信機越しにガイが。
「そのとおりだ!」
 すぐそばではアルが同意する。
「っしゃあ! トドメだ、いくぞアル! ガイ!」
「よっしゃあ!」
 ジェネシックがデモンベインのそばを離れ、EI−EXの回転軸の下に飛び去る。
「クトゥグア! イタクァ! 神獣形態!」
 デモンベインの両掌に二挺魔銃とその神獣弾が顕現する。神獣弾は作るのにかなり手間がかかる代物だが――こんなときに使わずしてどこで使うというのだ。
「全弾くれてやる!!」
 放り上げた弾丸をめがけて魔銃を振るう。魔術文字に解かれた神獣弾がマガジンとシリンダーに吸い込まれ、そのたびに魔銃の刻印が輝く。赤鉄のクトゥグアは熱く、紅く。白銀のイタクァは冷たく、白く。力を顕す刻印はやがてその意志に従って滅ぼすべき怨敵に牙をむく。
「ガジェットツール!」
 EI−EXの真下に到達したジェネシックは、詠唱を続けるEI−EXを見上げて左腕を掲げる。それに呼応してガジェットガオーの頚部、第二節と第三節がジェネシックの左腕に装着される。
 すべてのGストーンはリンクする。それが生命そのものから生み出され、勇気によって力を高められる生命の宝石の特性だ。勇気に溢れたGストーンはリンクし、共鳴し、力を無限に高めあう。
 魔術の源たる魔力。それは魔術の才能ではなく感情から生まれる。人の感情で最も無垢で最も強いものは勇気だ。勇気さえあればGストーンの有無は関係ない。デモンベインとそれを駆る九郎とアルは勇気の輪から、いまや無限の魔力を得ている。
「ザイウェソ、うぇかと・けおそ、クスネウェ=ルロム・クセウェラトル……メンハトイ、ザイウェトロスト・ずい、ズルロゴス、ヨグ=ソトース…」
 EI−EXはひたすらにヨグ=ソトースの召喚呪文を唱え続けている。その声は震える腐肉から発せられたようでもあり、ひび割れた拡声器から漏れ出したようでもあった。
 EI−EXには本来の召喚儀式に必要なバルザイの偃月刀もなく印を結ぶことも出来ない。また召喚場所である環状列石もなく召喚に適した星辰の配置でもない。そのためEI−EXの破壊が加速される。まだらに生えた獣毛や鱗はぼろぼろと抜け落ち、肉は腐れ、機械の部分は得体の知れない液体を撒き散らしながら砕け散る。飛散した肉片、機械片は時を待たずに灰色に変色し、消え去ってゆく。もはや存在を維持するだけの力すら残ってはいないのだ。
 しかしそれでも詠唱はやめない。
「ジェネシックボルト…! ボルティング・ドライバ―――ッ!!」
 胸のガイガーの顎から吐き出されたボルトがボルティング・ドライバーに装着されると同時にジェネシックが奔る。溢れるジェネシック・オーラは機体を覆うにとどまらず、彗星のごとく翠の長い尾をなびかせて詠唱を続けるEI−EXに迫る。
 デモンベインが構える魔銃の銃口の先ではイタクァとクトゥグアが同時に顕現し、その背後から次々に撃ち出される神獣弾を食らってその力を増す。纏う神気が膨れ上がり、だが急激に収縮して実体化する。密度が加速度的に増大する。姿は変わらず、その存在感と鋭利さが際限なく大きくなってゆくのだ。全弾を喰らい尽くした二つの神獣はいまだ足りぬとばかりに魔銃の刻印までも引き離して己が力とする。
 暴走の危険はない。皆無だ。それは九郎にもアルにも分かっている。なぜなら、神獣の意志が魔銃を通し、デモンベインを介して伝わってきているのだから。
 ――我らが奉る主よ、その伴侶よ、心より感謝しよう。これほどまでの力を与えてもらった恩、我等の敵を討ち滅ぼして返そうぞ。我等の血肉の一片、魔力の一滴まで主の望むがままに――
 その言葉に頷くと同時に二つの神獣が爆ぜる。原子の振動すら停止させる絶対零度の化身たる氷獣イタクァと恒星にも勝る超超高熱の化身たる炎獣クトゥグア、そしてジェネシック・オーラを纏うジェネシックが描く破壊の3重螺旋がEI−EXを貫いた。だがその勢いはとどまることを知らない。
 神獣となったクトゥグアとイタクァに、銃弾としての拘束はない。クトゥグアはその棲み処たるフォマルハウト恒星から配下のプラズマ体を数限りなく呼び出して従え、イタクァはウェンディゴとして知られる巨人の影を引き連れている。
 クトゥグアの破城槌のごとき突撃は遮るものがあろうと薄紙のようにいとも容易く引き裂き、直径数百メートルの弾痕を深々と穿つ。その周囲にはプラズマ体が控え、主のクトゥグアがそのさらに主に感謝を捧げるのとおなじようにクトゥグアに感謝を捧げ、有り余る力をただただ高熱に変換して主に倣う。
 イタクァの前にはあらゆる障害が無効となる。転変自在にかわし続けるのみならず、その低温の化身に近付くだけでぼろぼろと崩れるのだ。イタクァが全方位から自侭に貫き、付き従うウェンディゴがその巨体を以って踏み砕く。
 二体の神獣が水平方向の破壊を遂行する傍ら、ジェネシックは垂直方向に突き進む。ジェネシック・オーラは緑の星の生命そのものであるGクリスタルからもたらされた無限波動。ジェネシック・ガオガイガーは勇気によって無限を『絶対』に変える無敵の破壊神。汚穢なる存在はジェネシックに触れることもかなわず、ジェネシック・オーラによって内部から分解されてゆく。
 三つの破壊の権化が邪悪なる怪物を微塵と引き裂き、砕き、薄汚い魔力を消し飛ばし、分子結合すらも解きほぐす。
 イタクァが荒れ狂えば分子振動が停止し、クトゥグアが狂奔すれば蒸発し、ジェネシック・オーラに触れれば内部から分解される。周囲のあらゆる場所からは勇者たちが援護している。幻竜神、強龍神、天竜神、ビッグボルフォッグ、マイク、キングジェイダー、リフレクタービームを放つタケハヤ、ミラー粒子砲を放つツクヨミ。もはや蟻の子一匹分の逃げ場もない。
『EI−EX……無に還れぇぇえええ――――!!!』
 三つの破壊がその身をすべて嘗め尽くす。詠唱は――既にない。破壊と自滅、そのどちらが早かったのかはわからない。だがEI−EXの破滅は火を見るより明らかだ。無論、ヨグ=ソトースの召喚も成就していない。
 ジェネシックの腕からガジェットツールが離れ、デモンベインが二挺魔銃を下ろす。
 獅子のごときジェネシック。城塞のごときデモンベイン。二体の勇者が背を向けると同時に、世界を破滅に陥れんとした魔は跡形も残さず、わずかな苦悶すら残さず、ただまばゆい閃光だけを残して消滅した。




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