[.epilogue...


『それじゃ、俺たちはこれで行くけど…あんたたちも元の世界に戻れるといいな』
『戻れたらじゃねえ、絶対に戻るんだよ!』
 九郎の言葉に火麻が食って掛かる。
『くく…その意気ならば必ずや戻れようぞ!』
『九郎、アル。お前たちもまだ戦い続けるんだろう?』
『ああ。許せねえやつらがまだいっぱいいるんだ。何より、守りたい人たちがいっぱいいる』
 ガイの言葉を聞き、九郎の脳裏にブラックロッジの悪行がまざまざと再現される。良心の仮借なく無辜の民を傷つけるテロリスト。それを統べる非道な7人の魔術師、アンチクロス。そして――ブラックロッジの首領、マスターテリオンの顔が浮かぶ。金髪金目…だが一筋の光すら宿さない暗い美貌の少年。人の命など路傍のゴミほどにも思っていない憎むべき敵。
 マスターテリオンの顔をかき消して現れたのは愛しい人たち。ライカ、瑠璃、ガキども、アーカムシティの人々、そしてかけがえのない戦友であり伴侶である――アル。
『そうか。がんばれよ。大変だったら、いつでも俺たちを呼べ!』
『我らGGG、友人の要請とあればどこへなりとも駆けつけよう!』
 九郎とアルはその言葉が出任せではないと。世界の壁などやすやすと乗り越えて駆けつけてくれるだろうと確信していた。それに深い頷きで答える。
『われわれの帰還予定ですが…あなたがたがそちらの世界に戻る方法を参考にさせていただきますので、意外とあっさり帰れると思います』
 猿頭寺が通信に頭を掻くガリガリという音を混ぜながら言う。
『そっか。それじゃ、モタモタしてると悪ぃな。アル、準備はいいか?』
『万端! 汝ら、この大魔術を見逃すでないぞ!』
 アルはデモンベインの動力システムに入り込み、獅子の心臓に内蔵されている銀の鍵の制御を掌握する。そこに自分が持っていたデータと『魂の射出』から回収したデータを入力する。すると、デモンベインの背後数キロメートルのところに本来交わることのない世界同士を繋ぐゲートが開く。それはEI−EXが開いたもののように醜悪ではなく、喩えるなら力強く息づくもう一つの世界が見える窓のようだった。
 GGGに背を向けゲートに向かってシャンタクを駆るデモンベイン。それに次々とウルテクエンジンを振り絞って勇者たちが追いつく。
『勇気と共に進め!』
『俺たちのこと忘れんじゃねえぞ!』
『我らはいつまでも共にある!』
『勇気は不滅だっぜ!』
『貴方たちのことは忘れないわ!』
 勇者たちが口々に九郎とアルに最後の言葉をかける。ジェイアークまでもがそれに加わり、デモンベインに赤いフレアを見せている。
『見事だったぞ、大十字九郎!アル・アジフ!』
 彼らに追いつくことのできないディビジョン艦の中では、すべてのクルーがデモンベインの映っているモニターに向かって敬礼をしていた。
『二人とも、これを持って行け!』
 ジェネシックからデモンベインへと投げ渡されたものは、その巨体に比すればとても小さな――幅5センチほどの――“G”を3つデザインしたポケベルだった。無論、ただの通信装置ではない。電波など世界の壁を隔てれば意味を為さない。だがこのポケベルの機能は通信だけではない。
『勇者の証――仲間の証だ!』
『なくすなよ!』
 ジェネシックの脚に掴まってデモンベインに追いすがるゴルディーマーグが釘をさす。
『お返しも出来なくて悪いけど、絶対に大切にするよ!』
『汝らのような気持ちのよい者どものことなど、忘れようもないわ!』
 勇者たちとともに宇宙の果てまで飛んでいくかと思われたデモンベインは振り返ることなく門をくぐり、役目を果たした門は一瞬にして元通りに消えてしまった。
 元通り。そう、元通りなのだ、なにも、かも。
 違う道を歩む世界は交わらないし、運命のいたずらで特例があったとしても進むべき道にずれは生じない。だが、運命に捕われず、絶対と思えるほどに圧倒的な運命をも変えてしまう力は、どんなに否定しようとも厳然として存在し続ける。
 生きとし生けるものすべてが、生きようと必死で足掻きもがくその純粋な心。生きる力。それは気高き『勇気』。
 滅びを望む者がどんなに生命を虐げても、勇気が死なないかぎり滅びが訪れることはない。
 束の間交わった二つの世界は再びそれぞれの道を進み続ける。どれほどの時間がかかっても、明けない夜はない。過去から続かなければ現在がありえないように、未来に続かない現在などありえない。
 勝利の鍵は、『勇気』だ。


 150億年後…宇宙が一度死に絶え、再生した力強く新たな世界。カイン、アベル、そしてソール11遊星主が護ろうとした三重連太陽系が再生した、われわれが知るところの太陽系、第三惑星・地球。人の暦でいえば西暦2008年。
 宇宙収縮現象による壊滅的被害を免れた地球の再建に尽力する国際連合は、宇宙から帰還した天海護・戒道幾巳の二人の少年の報告を受け、反逆者として太陽系から追放したガッツィ・ギャラクシー・ガードを勇者として認め、その帰還を待つ石碑を建立した。
 力強い文字で刻まれた碑文は『勇気ある誓いとともに』。勇気と命の結晶ともいえるGストーンをかたどった石碑だ。
 しかし地球の人々は国連が声明を発表するずっと前から知っている。ギャレオリア彗星の大量発生によって滅びかけていた地球を救ったのは、自ら汚名を被ったGGGであると。いや、GGGが三隻のディビジョン艦を占拠してギャレオリア彗星に向かったときから気づいていただろう。
 だからこそ時の国連事務総長ロゼ・アプロヴァールは、防衛組織であるGGGの地球圏からの離脱を不問にするために反逆者として追放処分としたのだ。それには一部の暗愚な者を除き、多くの者が水面下で協力した。
 中国科学院航空星際部長官にして国連宇宙軍司令官であり、皮肉屋の堅物として知られる楊龍里。彼は大河幸太郎にすべてを打ち明けられ、指揮下にあった風龍・雷龍、大河幸太郎とスワン・ホワイト、スタリオン・ホワイト、獅子王雷牙を乗せたマイク・サウンダース13世を出撃させた。そしてGGGが国連宇宙軍の包囲を突破してギャレオリア彗星に向かうときには、指揮下の量産型CR部隊にGGGマークを模した編隊を組ませていた。
 GGGとは別のところで人類の存亡をかけて戦っていた阿嘉松という男は秘匿していた医療マシンを惜しむことなく譲渡した。
 天海勇・愛の夫妻は最愛の一人息子の護が戦いに臨むのを、涙をこらえて見送った。
 それまで一度もレールから外れない人生を送ってきた八木沼GGG長官は、逮捕され国際法廷にかけられることを覚悟した上でGGGに協力し、一存をもって大河幸太郎にGGGの指揮権を返還した。
 地球上の人間が持つ勇気。それが遥か彼方の勇者たちに与えた影響は計り知れない。
 GGGを応援しているのは人間だけではない。人知れず人と共存するソムニウムと呼ばれる種族の戦士、ラミア。彼はリミピッド・チャンネルを介して勇者に多くの助言をし、現在も地球のどこかで人類を救うために戦っている。
 しかし、愚かにも人間同士で争いを起こそうとしている犯罪組織がある。バイオネットという組織だ。バイオネットはGGGが人類を護るために生み出した技術を盗み、あろうことか人間を殺すための兵器に仕立て上げている。護ることには勇気が必要だが、殺すには悪意があればいい。なんという皮肉、なんという冒涜。それを打ち倒すのは、やはり勇気とGストーンを兼ね備えたGGGしかない。
 勇者は必ず期待に応える。GGGが故郷へ凱旋するのはそう遠いことではないだろう。奇跡を待つのではなく、自ら奇跡を起こすのが勇者なのだから。


 大十字九郎とアル・アジフが帰還した世界。位置としては太陽系再外縁の惑星、冥王星――この場合においてはユッグゴトフ惑星と呼んだほうが相応しいだろうか。太陽系の外縁を回る膨大な小惑星と大差ないその天体に、悪意あるモノが棲んでいる。
 宇宙の闇。そこに目を凝らそうとも暗黒と拡散せずに目を刺す星の光以外を認めることはできないだろう。だが星と光と宇宙線と暗黒物質以外には何もないはずのそこに、あり得ぬモノがある。
 それは女。妖艶な紅い唇を悦楽に歪ませた女だった。
「んっふふふ……僕がいじってない世界に飛んでっちゃったときはどうしようかと思ったけど、自分たちから戻ってきてくれるなんてねぇ……九郎くんもアルちゃんも、いっじらしいんだぁ!
 それじゃ、期待に沿えるように僕もがんばらなくっちゃ!」
 闇の中にたたずむ女…というよりも女の形をした闇が、三つに分かれた燃えあがる目を揺らしながら虚空に向けて声を弾ませていた。黒衣の胸元から覗く豊満な胸に自ら手を這わせ、しとどに濡れた股間に指を滑り込ませる。身じろぎせず、そのくせ手だけは貪欲に動かし続ける。やがて震える唇から熱く甘い息が漏れ、女の股からは濃密な液体がどろりと流れ出した。
 手にべっとりと塗りたくられた液体を、呆、と眺め、ためらうことなく口に運ぶ。自らの指で、手で、愛液で、自らの口を犯す。自らの指を、手を、愛液を、自らの口で犯す。
 この女にとっては万事が嘲笑と娯楽の対象でしかない。それこそ、今しも達した自慰と殺戮と絶望は同列なのだ。自慰、殺戮、絶望、乱交。即ち、愛と憎悪。根源は同じだ。ならば愛する者をこそ殺し、怨敵をこそ愛でるべき。甘美なる絶望と力強い憎悪に身を任せよ。殺し合い、殺し愛え。
 女は喘ぎ声の隙間から声を紡ぎだす。
「だってほら、僕はこんなにもこの指が愛しい。僕はこんなにもこの指が憎い。
 僕はこんなにも奥まで犯しつくしたい。僕はこんなにも奥まで犯されたくない。
 僕はこんなにもこの指を愛したい。僕はこんなにもこの指を食いちぎりたい。
 僕はもっと淫らになりたい。僕はもっと純潔でいたい。
 愛したい。憎みたい。受け入れたい。拒みたい。殺したい。殺されたい――」
 女は、その口を掻き破りたいのだろうか。その口を撫で回したいのだろうか。その指を噛み千切りたいのだろうか。その指を嘗め尽くしたいのだろうか。――彼女とて、わかるまい。善はなく、ただ嘲笑のみがあるその存在には。
 女の独白は続く。
「もしかすると、もしかするならば、もしかするかもしれないよ。今回ならば、或いは終われるかもしれないよ――僕の愛しい神殺し、僕の愛しい聖書の獣。君たちはこれまでで最高の傑作だ。神殺しを愛し神殺しに愛される死霊秘法と、獣を愛し獣に愛されたいナコト写本までも傑作だ。うふふ……ああ、傑作だ、傑作だ、傑作に違いない! これを傑作といわずに何という!
 さあ、犯し犯され、殺し殺されろ!
 総てはこの、ナ■∈ル※トホ×ッжの意のままに――」

 誰が知ろうか。曇りなき魔を断つ剣でさえも、この時は這い寄る混沌(ナイアルラトホテップ)の掌の上で踊っていたのだ―――
 誰が知ろうか。嘲笑する這い寄る混沌でさえも、この時は慈悲深い旧神の掌の上で踊っていたのだ―――

『祈りの空より来たりて――
切なる叫びを胸に――
我等は明日への路を拓く
汝、無垢なる翼――デモンベイン』

 この詩が三千大千世界に響くとき。それは最も新しき神により、世界が邪悪から解き放たれるとき――




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