X.二羽の禽


「反中間子砲、10連メーザー砲、斉射!」
 キングジェイダーは宇宙を縦横無尽に飛びながら両腕の砲門を開く。反中間子砲が着弾した部位はその名の通りに中間子が対消滅して破壊され、メーザー砲を浴びた部位は超高熱により蒸発してゆく。
 さらに搭載されている生体コンピュータ、トモロ‐0117の判断により全身のあらゆる砲門を開き、あらゆる方向から近寄ることすらゆるさない。
 すべての勇者ロボたちをも凌駕するほどの大火力を、しかも圧倒的な機動力を以ってあらゆる角度で叩き込む。みるみるうちにEI−EXの体表に大穴が開いてゆく。さすがにこの破壊速度に修復を追いつかせることはできないようだ。
「――! Jリキッドに異常発生!」
 機体制御をJに任せて補助に回っていたトモロが危険を報告する。彼とて歴戦の戦士、自分で解決できる問題を口に出すことはない。
「なに!?」
「周囲のEI−EX端末からの干渉が原因と推測される。このままではキングジェイダーは動けなくなってしまう」
 Jリキッドとは、赤の星で建造された兵器のいわば血液。心臓部であるジュエルジェネレイターで抽出されたJエネルギーを機体各部に送り届ける役割を持つ液体だ。
 なるほど、見回してみれば多くの太い触手で遠巻きに囲まれている。その表面をよく見ると、アンテナのようなものがびっしりと並んでいる。キングジェイダーの攻撃の反動で周囲が隆起したとばかり思っていたが、EI−EXはその偶然を利用して消極的攻撃を仕掛けてきたのだ。
「Jファイバーにもわずかずつではあるがラグが発生している」
 Jファイバーはキングジェイダーの神経にあたるものだ。JリキッドとJファイバーに異常が発生している現在、キングジェイダーはその圧倒的な威力をほぼ全て殺がれているといっても過言ではない。
「おいトモロ! つまり周りの小汚いのをどけりゃいいんだな?」
「その通りだ。だが機体が満足に動かない以上、それは不可能に近い」
 ルネはそれを聞いて、しばし考える。
「J! 私をヒルメに向けて撃ち出せ!」
「ルネ、貴様何をする気だ?」
「助けてやるから早くしろ!」
「危険だ、と言って聞くはずもないか。準備しろ」
 ルネはフュージョンアウトし、巧みに機体を伝ってキングジェイダーの左手中指に入る。そこは五連メーザー砲の砲口だ。ぎこちなく腕が持ち上げられ、ルネが弾丸のように射出される。トモロによる計算で、EI−EXの干渉はほとんどないであろう軌道を突き進んでゆく。確かにEI−EXはルネに手出しをしなかった。
 だが、それ以上の危険がルネを蝕んでいた。生身の人間よりはるかに軽装で宇宙空間に出ることができるサイボーグ・ルネだが、今はその軽装さえ身につけていないのだ。身体の内側から引き裂かれるような気持ちの悪い感触を味わいつつ、口元を押さえてヒルメを目指す。ヒルメではいきなりルネが飛んでくることに驚きつつも、一番近いエアロックを解放して到着を待っている。
 ルネが目指しているのは、F−111ファントムガオー。ソール11遊星主戦でパルパレーパ・プラスに破壊されたそれを、レプリ地球があった場所から回収して修理したものだ。これならば、そしてファイナル・フュージョンができれば、苦戦するキングジェイダーの救援に向かえる。
 ヒルメに到着したルネはエアロックが完全に与圧されるのも待たず、強引にファントムガオーの格納庫に入った。整備部スタッフが制止するが、かまわずコクピットに乗り込む。そこで一瞬ためらった。普通の戦闘機のコクピットを予想していたからだ。しかしファントムガオーのコクピットは予想とは大きく異なり、見たこともない機械に埋め尽くされていた。だがこの程度で引き下がるルネではなく、やってみればわかるさとばかりにコクピットに乗り込んだ。
 体を置く位置を決めると、あとはわかりやすかった。目の前に備えられている四つのソケットにそれぞれ四肢を収めると、これが操縦方法だとすぐにわかった。
『ルネ! 何をしている!?』
 操縦方法に慣れようとあれこれ動かしていると、大河長官からなかば糾弾じみた通信が入った。
「ちょうどいい、ファントムガオーで出撃するから許可してくれ」
『な、なに!?』
「キングジェイダーが危ないんだよ! さっさとしろ!」
『う、うむ。ならば許可する。ツクヨミに移動したまえ。卯都木君、ミラーカタパルトの準備だ!』
 それを聞いていた整備部スタッフたちがファントムガオーを移動用ハッチに誘導し、手のあいた者たちはすぐそばにある三機のガオーマシンを出撃可能状態にするため、それぞれ作業に入る。
『ルネ、ファントムガオーには慣性制御機能があるけど、射出するときの衝撃には気をつけて』
「ああ、わかってる」
 とは言うものの、ミラーカタパルトでの射出は今回を入れても二回だ。一度目は闇竜に乗っていたからすべて彼女に任せておけばよかったし、第一、こちらは性能がより高くなった改良型なのだ。いささかの不安はある。
 独特の稼動音を発して周囲の壁と床、ファントムガオーの機体が銀色の鏡のようになる。それに伴って機体がぐらりと揺れ、すぐに周囲からかかるエネルギーが吊り合って中空で静止する。
『ファントムガオー、イミッション!』
 ツクヨミのコンソールで命が射出スイッチを叩くと同時に強烈なGがかかる。これでもかなり減殺されているのだが、歯の隙間からうめき声が漏れる。三か所のカーブを抜けて、キングジェイダーをめがけて高速で射出される。
 ミラー粒子が剥離するとルネが自ら操縦を始める。ところが、あまりにも極端な反応にルネは驚愕する。
「っぐううぅぅ――! 何だこのピーキーなセッティングは!」
 ガイガーを超えるガイガーとして設計されたファントムガオーは、エヴォリュダー・ガイ専用機として設計されたこともありエヴォリュアル・ウルテクシステムがその根幹にある。科学力に劣る地球製のガオーマシンが緑の星で作られたガイガーを上回るには、搭乗者に無理を強いるしかない。エヴォリュアル・ウルテクパワーとは弾丸Xを応用して効率よくGストーンからエネルギーを抽出する機構である。それに必要な制御は細胞レベルでGストーンと融合し、スーパーコンピュータを凌駕する処理能力を持つエヴォリュダーが一身に担うのだ。が、ルネはエヴォリュダーではない。さらに言えば、ファントムガオーの操縦も初めてだ。
『ルネ、もう少し待ってくれ、いまきみ用にプログラムを書き直している』
「さっさとしろ!」
 ガタガタとキーを叩く音が通信機越しに響いている。整備部はおろか、諜報部、参謀部、はては研究開発部門までが一斉にプログラム書き換え作業に従事しているのだ。
 書き換えが終了するまで、どう切り抜けるか――。このファントムガオーには兵装が一つもない。機動性とファントムカムフラージュだけが頼りだ。幸い、まだEI−EXはファントムガオーを脅威と認識してはいないようだ。よし、ならば驚かしてやろう。
 ファントムカムフラージュを起動する。するとファントムガオーは光学的にも電子的にも隠蔽され、あらゆる手段での探知がほぼ無効となる。さらにファントムガオー自体はサイボーグの強化された聴覚をもってしてもその駆動音を聞き取ることはできない。ルネ自身、目の前にいきなりファントムガオーが出現して驚いたことが何度もある。
 そのまま一直線にキングジェイダーを脅かすEI−EXに向かう。
『できた! ルネ、フュージョンプログラム書き換え終了だ!』
「やりゃあできるじゃないか! フュージョン!」
 戦術支援戦闘機であるファントムガオーがメカノイドへと変形する。二つの機首が上下に別れて手足に、コクピットが胸になって頭部がその上に固定される。
「ガオファー!」
 散々操縦に難渋したコクピットだが、メカノイドになればそう苦労することはない。ガイガーのようにはいかないが、機械的にパイロットの動きをトレースすることで機体を操れるようになったのだ。
「ファントムクロー!」
 ガオファーに装備された唯一の兵装、ファントムクローをかざして飛び回る。最初の一撃で対象の巨体に比してあまりに威力が小さいことを知ったルネは少しばかり落胆しつつも、それを機動性でカバーする。ヒットアンドアウェイだ。キングジェイダーの周囲にある触手は、まさに森、あるいは網と形容するのが相応しいほどに密集している。そこで前高22.3メートルの小柄なガオファーが飛び回ることは容易だが、それをEI−EXが追うことは難しい。EI−EXは巨大なキングジェイダーを鉄壁の包囲網で囲ったばかりに、小型のメカノイドにあちこち引っ掻き回されているのだ。
「ガオーマシン!」
 ルネが三機のガオーマシンを呼びつける。小型のメカならば補足される危険性が少なく撹乱に適しているし、ファイナル・フュージョンをするときに近くにいたほうが便利だ。
 ガオファーとガオーマシンがまるで蜂の巣に群がるスズメバチのようにEI−EXが作り上げた包囲網をちくりちくりと刺している。決して深追いはせず、効果がどうであろうと一撃決めたら必ず離脱する。
 その甲斐あって徐々にキングジェイダーの包囲が緩んできたころ、牛山から通信が入った。
『ルネ、ファイナルフュージョン・プログラムもきみ用に書き換えが終わったけど……整備部オペレータとして忠告する。ファイナル・フュージョンはやめておいたほうがいい。危険すぎる』
 ガオガイガーの初ファイナル・フュージョンの結果は凄まじいものだった。夢の島に出現し東京都庁を破壊しようとしたEI−02は無事に撃破できたのだが、機体の損傷は容易に修理できる範囲を超え、あまりの負荷にサイボーグ・ガイは生死の境をさまようことになった。これはファイナルフュージョン・プログラムが不完全であったゆえに起こったことだが、それはエヴォリュダー・ガイ用のプログラムを即席で書き換えただけのプログラムとどちらが危険だろうか?
「なぁにを弱音吐いてんだよ!」
 意図してのことか、それともただの不随意運動か。キングジェイダーを追い回しているものより遥かに細く短い触手がガオファーを捕えた。そのままきわめて周期の短い振動をガオファーに送ってくる。――まずい。機体の耐力を表すパラメータがどんどん低下してゆく。
「っああぁぁぁ―――!」
『ルネ!』
「早く……ファイナル・フュージョンだ…!」
『しかし…』
 牛山はなおも渋る。怯懦と思うなかれ、この態度は彼が危険性を正確に把握しているからなのだ。
『ファイナル・フュージョン成功の可能性は――僕ちゃんにもわからん。100%かもしれんし、0%かもしれん』
 雷牙博士が、実の娘に現状をありのままに伝える。
「勇者は、…なにをどうするやつなんだ?」
『勇者は…不可能を可能にする。――よし、こちらでも全力でバックアップする! 長官、よろしいですね?』
 一転して牛山が強気になる。ルネの勇気が牛山の勇気を揺り動かしたのだ。
『うむ! ファイナル・フュージョン、承認!』
『了解! ファイナル・フュージョン、プログラム・ドラ――イブ!』
 大河長官の承認のもと、命が拳でファイナルフュージョン・プログラム転送ボタンの防護ガラスを粉砕する。ガオファーはすべてのパワーを腰のGインパルスドライブに注ぎ込んで強引に戒めを解いて離脱する。
「ファイナル・フュージョン!!」
『ファイナルフュージョン・バックアップ、開始』
 ツクヨミからファイナルフュージョン・プログラムが転送され、ガオファーとガオーマシンはあらゆる機能よりも最優先にFFモードに入る。FFモードはファイナル・フュージョンが完遂されるまで解除されない。つまり、合体に失敗すればその時点で指一本動かすことができなくなるのだ。だが、そうならないように猿頭寺らが多次元コンピュータを駆使してプログラムのサポートをしている。
 CYBORG-LUNE       DRIVE
 GAOFAR             DRIVE
 LINNER-GAOU      DRIVE
 STEALTH-GAOV      DRIVE
 DRILL-GAOU       DRIVE

 命のコンソールにはファイナルフュージョン・プログラム転送完了を示すメッセージが表示され、それがすぐに覆い隠される。
 《GAOFIGHGAR》
 ガオファーの胸からファントムチューブが放出され、三つのプログラムリングが投影される。物理的・電子的にファイナル・フュージョンへの干渉を防御するファントムチューブは、しかし三機のガオーマシンをすんなりと受け入れる。即ち、ライナーガオーU、ドリルガオーU、ステルスガオーV。それらはプログラムリングをレールのようになぞりつつ、そこからファイナル・フュージョンのために演算された軌道・手順を読み取る。
 《COMPLETION》
 コンソールにはガオーマシンへのファイナルフュージョン・プログラム転送が終了したことが表示されたが、しかし今度ばかりはこれからが勝負だ。
 前後逆転したガオファーの両脚にドリルガオーが迫る。ドリル部分をずらし、それぞれの脚を目指してドッキングポートを開く。それがガオファーの脚を収納してゆくのを、ルネはスローモーションのように見ていた。
 脚がドリルガオーに入る。
 ギリギリギリ……ガン!
『ドリルガオーU、合体完了』
 ルネの口からは大きな安堵のため息が吐かれる。
 ロケットであるライナーガオーUが増設ブースターを投棄し、尾部を支点にして縦に展開する。それは腕を後ろに回したガオファーの肩へ突入を開始する。ガイが搭乗していたときは容易に突入できたが、しかし角度がコンマ数度ずれてしまった。
 ガガガガガガガガッ!
 ガオファーの肩とライナーガオーUの間で激しく火花が散る。ガオファーの機体がみしみしと悲鳴をあげた。
『ライナーガオーU、合体完了。ファイナル・フュージョン続行に支障なし』
「っ! 本当だろうな!?」
 猿頭寺の声にルネが訊き返す。実際にライナーガオーUは定位置でロックされ、内部から上腕部を構成するパーツを展開しているが、それほどに激しい衝撃だったのだ。
『ステルスガオーV、突入角度微修正。右舷に0.02度』
 ルネは安堵する間もなく再び息を詰める。ステルスガオーは全てのガオーマシンの中で最大のもの。その合体に失敗したら、機体が、ひいてはほとんど生身の自分がどのような損傷を受けるか――
 いや、恐れるな。私のあだ名は何だ? 『獅子の女王』だ。失敗を恐れず、成功を信じて突き進め。
 ステルスガオーVが高速でガオファーの背後に降下する。ガゴン、と大きな衝撃。大丈夫、ドッキングは成功だ。残る数秒がもどかしい。ステルスガオーVが背部のレールに沿って火花を散らしながら少しずつ上昇する。それに伴って翼の下にマウントされている前腕部がライナーガオーUから伸びた上腕部にドッキングし、シャッターが開いて拳が回転しながら現れる。ガ、ガン、と手首がロックされ、ようやく全工程終了だ。ファントムチューブが消し飛び、翼端のウルテクドライブが展開されて鮮やかな緑色に輝く。
「ガオッファイッガ――――!!!」
 何度も聞いた、勇者王の宣言を自ら上げる。これはガイの癖のようなものだろうと思っていたのだが、そうではなかった。赦せぬ悪を討つ。護るべき人を救う。あらゆる誓いが脳裏を駆け抜け、名乗りとなって迸ったのだ。
 二度破壊され、そして三度立ち上がった勇者王。ファイティング・メカノイド、ファイティング・ガオガイガー。通称、ガオファイガー。
 まったく、ガイのやつは涼しい顔をしてこんなことをしていたのか。
『ぃやったあぁ―――!!』
 ディビジョン艦隊では、ファイナル・フュージョンの行方を息を飲んで見守っていたクルーたちが一斉に歓声を上げた。飛び上がる者、近くの仲間と手を打ち鳴らす者、何人も集まって抱き合う者、さまざまだ。
『頼むぞ、ルネ!』
 大河長官がそう叫ぶと、ガオファイガーはウルテクドライブを解放してキングジェイダーに向けて飛び去って行った。ルネではエヴォリュアル・ウルテクパワーを扱うことはできないが、そんなことは大したことではない。
「ファントムリング・プラス!」
 ガオファイガーの胸のリングジェネレイターから光の輪――ファントムリングが放出され、右前腕部に装着される。
「ブロウクン・ファント―――ム!」
 高速回転させた前腕部を光輪ごと発射する。それはギャレオンが去った後、地球の平和を護り続けた正義の鉄槌だ。幅がガオファイガーの倍もあろうかという触手の一本に命中し、貫通。しかしその弾痕は巨体に比してあまりにも小さく、すぐに回復され――爆散した。着弾の瞬間に拳に纏ったファントムリングを置き去りにしていたのだ。さらにうねうねと蠢いて修復しようとする触手の根元を戻ってきた拳が貫く。
 本体につながる触手の残骸がその先端を一斉にガオファイガーに向け、ビームを放つ。一つ一つの威力こそ小さいが、それが数百も集まれば充分な威力になる。
「プロテクト・ウォ―――ル!」
 ガオファイガーは左腕を前に掲げる。こちらにはプロテクトリングが装着されている。
 左腕から発生したプロテクト・ウォールが低威力ビームの束を全て受け止め、星型に集約して反射する。だが、やはり反射したもとのエネルギーが小さすぎたので包囲網を形成する触手を新たに破壊することはできなかった。
「おい、ディバイディング・ドライバーを出せ!」
 ルネが通信機に向かって叫ぶ。
『ディバイディング・ドライバー、射出!』
『了解! ディバイディング・ドライバー、キットナンバー05、イミッション!』
 火麻参謀の命により、ガオファイガーの針路上にディバイディング・ドライバーが射出される。
「方位角修正……ツールコネクトォ!」
 左手にディバイディング・ドライバーを装備し、そのままギリギリまでキングジェイダーを覆う触手の森に近付く。近付けば近付くほど醜悪だったが、ルネもガオファイガーもその程度でひるむはずがない。
「ディバイディング・ドライバ―――!!」
 ガオファイガーの左腕からディバイディング・ドライバーにプロテクトエネルギーが送り込まれ、ディバイディング・コアが形成される。レプリションフィールドによりディバイディング・ドライバーの先端の空間が円形に拡大され、密集したEI−EXのアンテナ触手がぐにゃりと歪みながら逸れてゆく。急速に拡大される湾曲空間は、あらかじめセッティングされた規模になると自動的にアレスティングフィールドによって外部から固定される。
「キングジェイダー、機能回復」
「メガ・インパルスドライブ、出力最大!」
 ディバイディング空間が安定するとほぼ同時にキングジェイダーが包囲網からその穴を通って脱出する。
「ったく、手のかかるやつだね、あんたも」
「……………………」
「どうした、J?」
「……いや。さあ、反撃に移るぞ!」
 トモロが突然黙り込んだJに声をかけるが、彼は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべただけだった。
「ふふん」
 包囲網の崩壊を知ったEI−EXは全長10キロメートルほどもある巨大さを武器に攻撃を仕掛ける。触手を伸ばすことによってではなく、その汚らわしい体躯の一部をそのまま伸ばしてきたのだ。
「J! さっさとかわせ!」
 キングジェイダーとて一撃で粉砕するほどの破壊力がせまるのを見て、ルネが声を荒げる。
「いいや。逆に叩き潰してくれる。ルネ、貴様が使える最強の武器を出せ」
 この状況でそんなことを訊くとは、まるでわけがわからない。真正面からぶつかるつもりなのか? だが、とりあえず妙に自信たっぷりのJの言葉に従って思いつく限りのツールを頭の中で探す。
 ゴルディオン・ハンマー……却下。あいつはガイが使うだろうし、あのAIは暑苦しくて少し苦手だ。
 ヘル・アンド・ヘヴン……却下。使い方がわからないし、第一摘出する核なんてEI−EXにはない。
 グランド・プレッシャー……はもうないんだったな。
 ならば――
「おい、モレキュル・プラーネを出せ!」
 唯一思いついた決戦兵器の名を通信機に告げる。アレならば一度使ったことがある。
『ルネ、どうしてそれがあるのを知ってるんだね?』
「忘れたのかい、私はシャッセールの敏腕捜査官だよ」
 敏腕、というよりも豪腕捜査官と呼ばれることのほうが多かったのだが。
 ともかく、ヒルメの格納庫にはかつてフランスGGGで建造されたハイパーツール、モレキュル・プラーネが保管されている。地球を出立する際に、どういう経路でかはわからないが雷牙博士が秘密裏に持ち込んだのだ。現在は取り外されていたGSライドも搭載され、いつでも使用可能な状態になっている。
『まあいい! モレキュル・プラーネ、射出準備!』
 通常ツールと違い、モレキュル・プラーネはその巨大さから内部に入って調整する必要がある。スタッフが息を切らせて走り回り、内部の最終調整を済ませる。外部からの最終調整はツクヨミへの移動作業と並行して行われている。
『作業員退避完了次第、モレキュル・プラーネ、射出!』
 宇宙装備に身を固めた整備部スタッフたちが、それぞれのデータパッドを持って開放型ミラーカタパルトに設置されたモレキュル・プラーネの各部に取り付いている。彼らが一人、また一人とモレキュル・プラーネを蹴ってツクヨミを離脱し、やがて全員がカタパルトを離れた。
『作業員退避完了!』
 チーフスタッフが大声でツクヨミの司令室に報告を入れる。
『了解! モレキュル・プラーネ、イミッション!』
 無骨な四角形のハイパーツールがガオファイガーを目指して飛ぶ。これにはコクピットがついており、短時間の自力飛行は可能だが、現在パイロットは搭乗していない。このあまりにも危険な戦闘に参加するのがためらわれるからだけではない。単に本来採用を見送られて封印されていたそれを操縦できる者がいないのだ。
 しかし、それが逆によかった。通常の使用でも相当な衝撃を受けるというのに、今回使用するのは誰あろうルネ・カーディフ・獅子王なのだから。
「ツールコネクト!」
 ガオファイガー本体を上回るサイズのそれは、他のほとんどのツールのように片手でコネクト、というわけにはいかない。一直線に飛来するモレキュル・プラーネの直後に陣取ったガオファイガーが両手をソケットに挿入し、内部でがっちりとロックされる。
「モレキュル・プラ―――ネ!!」
 右手はブロウクンエネルギー、左手はプロテクトエネルギーを注ぎこむ。ガオファイガー単体でならばヘル・アンド・ヘヴンが放たれているはずであるが、モレキュル・プラーネを通すことでより安定し、より威力のある攻撃手段となる。
「いくぞ、J!」
「言われるまでもない。乗れ、ルネッ!」
 Jはそう言って右腕にマウントされているJクォースを掲げる。そこには早くもJエネルギーが注ぎこまれ、炎の鳥が生まれつつあった。
 ルネにはそれだけでJがしようとしていることがわかった。Jクォースを放ったキングジェイダーに、必殺といえる兵装はない。ただ一つを除いては。
「J、まさかあんた、あれをやる気か?」
「他の兵装では決定打にはならん。やるしかあるまい。トモロ、ジュエルジェネレイター、リミッター解除!」
「了解。ジュエルジェネレイター、リミッター解除。出力180パーセント突破」
 トモロは幾多の死線をJとともにかいくぐってきて、Jの性格は知り尽くしている。彼の戦術は一見無謀に思えても、必ず確たる勝算が秘められている。それを知っている彼はJを信頼し、Jも彼を信頼している。
 ジュエルジェネレイターのリミッターを即座にカットし、設計された出力を上回る運転を開始する。それによって過剰に放出されたJエネルギーは純白のキングジェイダーを紅に染める。
「よし。ジェイ・クォース!!」
 キングジェイダーの右手で、炎の鳥が生まれた。Jクォース本体に収まりきれずにあふれたエネルギーが焔の鳥を象り、それに乗ったガオファイガーごと向かってくるEI−EXに射ち込まれる。
「ジェイ・フェニックス!!!」
 Jクォースを放ったキングジェイダーは自らの機体をそれに見立て、オーバーロードさせたジュエルジェネレイターから過剰にJエネルギーを注ぎこむ。許容範囲を超えたエネルギーにより純白の装甲が真紅に染まり、強靭な単一結晶構造の機体が激しく振動する。
 それはガオファイガーも同じことだった。際限なく高まるガオファイガーのGエネルギーと、フル稼働するモレキュル・プラーネ自体のGSライドによって機体が眩い金色に輝き、振動は軽サイボーグであるルネには耐え切れないほどになっている。
 だが―――このエネルギーの高まりは何だ?
 ジュエルジェネレイターとGSライド。たとえ限界を超えて稼動しようとも、これほどの高エネルギーが出るものだろうか?
 Jとルネはそれぞれのコクピットで自機を満たすエネルギーに意識を集中する。すると謎は一瞬で氷解した。真紅のJエネルギーの中には緑のGエネルギーが、Gエネルギーの中にはJエネルギーがあったのだ。JジュエルとGストーンが共鳴し、それぞれの力を高めあっている。高まった力は、さらに強力に互いを強めあい――
「ジュエルジェネレイター、出力700%突破。なおも安定して出力上昇中」
 無限情報サーキットでありエネルギー抽出媒体であるJジュエルとGストーンは勇気に反応してエネルギーを放出するが、過剰にエネルギーを搾り出すとそれ自体が耐え切れずに停止してしまう。しかしこれはどうか。明らかに限界出力を超えているというのに安定している。
「不思議な気分だね……あんたの手を握ってるみたいな気がするよ、J」
「奇遇だな。私もそう思っていたところだ」
 常時キングジェイダーを護り続けるフィールド・ジェネレイティング・アーマーが急速に拡大される。供給過多のJエネルギーにより桁外れに強化されたそれは、やがて巨大な炎の鳥を象る。古来よりあらゆる文明のもとで炎は邪悪を滅ぼす苛烈にして聖なるものとされ、同じく鳥は大空を舞う自由の象徴とされてきた。
 それが今―――翔ける。邪悪を焼き尽くし、我が自由なる宇宙を取り戻さん。
 Jクォースに乗ったガオファイガーがEI−EXに触れる。否、触れなかった。触れるより先にモレキュル・プラーネが振り下ろされ、モレキュル・ラムが高速で往復したのだ。瞬間、EI−EXに亀裂が走っていた。最大出力の900%に到達したGエネルギーはモレキュル・プラーネの威力をはるかに増大させ、たった一撃で長さ数百メートルもの傷を負わしめたのだ。
 その亀裂にJクォースが飛び込み、わずかに遅れてJフェニックスも突入する。高速で往復するモレキュル・ラムはモレキュル・プラーネ――分子鉋の名のとおりにEI−EXを削り取り、光に還してゆく。その隙間をガイドとして炎の巨鳥が突き進み、灼熱を以って穢れを焼き尽くしてゆく。
「前回と違うのは、アルマがいないことだけか」
「それこそが我らの誇り。我らの勝利がアルマとラティオを青の星に還した」
 Jの言葉をトモロが誇らしげに返す。アルマ、ソルダートJ、ジェイアーク――その生体コンピュータであるトモロは三つで一つとなるように作られた。生体兵器であるアルマを敵――機界31原種、ひいてはZマスター――のもとに連れてゆくための道具がソルダート師団とジェイアーク艦隊。だが彼らはその括りを超えて強い絆で結ばれた真の戦友だった。いや、時間的にも空間的にも遠く離れた今でも戦友であることに変わりはない。
 Jが言った前回とは、ソール11遊星主、パルス・アベルとピア・デケムを相手にしたときのことだ。あの時はうまく逃げられてしまい、いたずらに機体の状況を悪化させたにとどまったが、それこそが創造主を騙る彼らをして恐怖を味わわせた証左。Jフェニックスはソルダート師団とジェイアーク艦隊を知り尽くしたパルス・アベルにも予想できなかった最強の運用法だ。
「それじゃ、今度は私たちが帰らないとね!」
 一足先を飛び、モレキュル・プラーネを振るい続けるルネが二人に呼びかける。
「ふ――そうだな!」
「またあの星の空を飛んでみたいものだ」
『こいつを倒して!!!』
 Jクォースの炎が膨れ上がり、それに乗るガオファイガーを包み込む。炎は赤から金色に変化し、鳥の姿を現す。
 名をつけるとしたら、Gフェニックス。金色の炎は、それ自体が半中間子フィールド。この羽毛の一つにでも触れたなら、即座に消滅は必死。緑の星、赤の星、青の星のテクノロジーが一体となった、奇跡の猛禽だ。
 EI−EXは内部から苛まれる。物理的な灼熱と衝撃に加え、内から光に還元されつつゾンダーに対しては反物質であるJジュエルのエネルギーで身を焼かれるのだ。二羽の焔の鳥が気ままに荒れ狂う部分は目もあけられないほどに輝き、やがて末端から消滅してゆく。
 巨大な敵を腹の内から倒す勇者の物語は世界中にあるが、このさまを喩えるべきはやはり別にある。二羽の焔の鳥たちが存分に暴れまわって外界へと飛び出すさまは、まさに伝説の不死鳥の再来だった。




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