W.出撃〜龍と忍


 アルと猿頭寺の予想と同じ時刻、同じ場所に出現したEI−EXはあまりに巨大化していた。直径およそ10キロメートルもある、不恰好な泥団子のような形状に成長したそれは、よく見ればその半分ほどが機械になっていた。最適化が進んでいるのだ。そしてここに現れたということは、最適化が完了していないということ、最適化に必要なエネルギーが枯渇しかけているということを意味する。
 Gストーンが発するGエネルギーはゾンダーの反物質だが、落とし子にとってはただのエネルギーであり反物質ではない。勇者ロボたちや、理論上無限の出力を持つ三隻のディビジョン艦を取り込んでしまえばもはやエネルギーの枯渇はありえない。同時にその敵足りえる者も存在しなくなる。
「GGG機動部隊及びボルフォッグ、マイク13、射出!」
 卯都木命がその細腕でもって射出ボタンを叩くたびに、超翼射出司令艦ツクヨミの開放型ミラーカタパルトに控えていた機動部隊及びマイク・サウンダース13世がそれぞれビークルマシン形態、コスモロボ形態で射出される。展開中に攻撃があった場合、迎撃するよりもすり抜けることを優先した結果、戦闘には向かないが前面投影面積が小さな形態での出撃となったのだ。ギャレオンもその顎に機動隊長であるエヴォリュダー・ガイを乗せて射出される。
『システムチェーンジ!』
組織変換(ズージィージャオファン)!』
『システムチェーンジ!』
 予定の位置に到着した竜型ビークルロボ六体が一斉にシステムチェンジを行う。基本構造は同じではあるが、武装も運用目的も設計思想も違う六体の姿はやはり同じではない。しかし無二にして最高の勇者の心、超AIを搭載した彼らの姿は斬撃に耐える気高き刃のようでもあり、背に負ったものを護るために身を削られることをいとわない盾のようであることは兄妹に共通している。
「氷竜!」
 寒氷を操る冷静なる蒼の戦士。
「炎竜!」
 灼熱を操る勇敢なる赤の戦士。
「風龍!」
 烈風を操る沈着なる緑の戦士。
「雷龍!」
 轟雷を操る豪胆なる黄の戦士。
「光竜!」
 閃光を操る無垢なる白き戦乙女。
「闇竜!」
 黒闇を操る貞淑なる黒き戦乙女。


「―――憎悪の空より来たりて」
 外道を断つ誓いの祝詞が朗々と詠まれる。この世界では最初で、絶対に最後にすべき祝詞。誇り高き誓いの詩。この誓いは永遠に、未来永劫、過去永劫、そして現在この瞬間においても確実に遵守されるべきものだ。しかし、魔を断つ刃がその力を揮うため、眼前の魔を滅ぼすために詠うのは最後にしなければならない。
 この祝詞が魔を断つ刃を持つ者によって詠われるということは、即ち魔が存在しているということなのだから。
「―――正しき怒りを胸に」
 それに呼応してデモンベインの内部に高密度の魔力と情報、水銀の血が駆け巡る。コクピットに展開された無数のモニターが人工的な光を放ち、デモンベインのステータスを逐一表示してゆく。獅子の心臓および魔術回路、正常に稼動。マスターコーションライト・クリア。システム・オールグリーン。
「―――我らは、魔を断つ剣を執る!」
 魔を断つ誓いによって生まれたデモンベイン。その内にある魔を断つ誓いが――唯一無二の存在意義が燃え上がる。機械仕掛けの眼に現れた眸には揺るがぬ意志が宿り、真一文字に固く結んだ口元には金剛石よりも遥かに硬い決意がある。
「―――汝、無垢なる刃デモンベイン!!」
 透明なバイザーで顔が鎧われ、頭頂にそびえる長い角からは鮮やかな緑光のたてがみが伸びる。機械でできたその姿は魔術師であり、戦士であり、刃金であり、なによりも頑強な城壁であった。
 I’m innocent rage.
 我は無垢なる怒り
 I’m innocent hatred.
 我は無垢なる憎悪
 I’m innocent sword.
 我は無垢なる刃
 魔を断つ刃、デモンベイン、覚醒。


「フュージョン!」
 ギャレオンがその顎にガイを迎え、機械の獅子から戦士ガイガーへとその姿を変える。ガイガーのコクピットには機械類など何一つとしてありはしない。ただ純白の暖かな光があるだけだ。ガイはそこで、幾多の戦いをともに乗り越えた戦友ギャレオンの心とともにある。
「ジェネシック・マシン!」
 ガイガーの呼びかけに応え、極輝覚醒複胴艦ヒルメから五体のジェネシック・マシンが飛び出す。即ち、イルカを模したプロテクトガオー、サメを模したブロウクンガオー、雌雄のモグラを模したスパイラルガオーとストレイトガオー、黒鳥を模したガジェットガオー。
 それぞれがガイガーを護るようにその周囲を飛び回っている。
「ぃよおぉーし、ファイナル・フュージョン承認!」
「了解! ファイナル・フュージョン、ジェネシック・ドラ―――イヴッ!」
 大河の承認を受け、命がジェネシック・ガオガイガーの制御卓を叩き、ファイナルフュージョン・プログラムを転送する。
 本来、ファイナル・フュージョンの承認とは唯一無二にして最終的戦力であったガオガイガーの戦場への投入に慎重を期すための手続きであり、同時に限りなくゼロに近かったその成功確率を鑑みてのことだった。だが緑の星で建造された本来のガオガイガーであるジェネシック・ガオガイガーにおいてファイナル・フュージョンの失敗などありえず、その戦力は圧倒的を超越した絶対的なものだ。
 故にGGG長官の承認を必要としないのは当然の事なのだが――搭乗者であるガイがやはり承認がないと落ち着かないと言って譲らなかったのだ。
「ファイナル・フュージョン!」
 遠くツクヨミの司令室。ジェネシック制御コンソールと接続されたモニターにはファイナル・フュージョンが定められたとおりに完了してゆくのが逐一表示されてゆく。
 EVOLUDER-GUY      DRIVE
 GENESIC-GAIGAR     DRIVE
 BROKEN-GAO       DRIVE
 PROTECT-GAO       DRIVE
 GADGET-GAO       DRIVE
 STRAITGHT-GAO      DRIVE
 SPIRAL-GAO       DRIVE

 それを覆い隠すように、一際大きな表示があらわれる。そこには無敵にして不敗、勝利を約束する希望の名が予言される――
 《GENESIC GAOGAIGAR》
 ジェネシック・ガイガーが腰のGインパルスドライブからEMトルネードを発生させ、鉄壁の防御陣を布いてファイナル・フュージョンを開始する。EMトルネードの暴風に保護された内側は何者にも侵されない聖域。そこにいるのはガイガーと五機のジェネシック・マシンだけだ。
 ガイガーの両腕が背後に回り、腰部が回転して前後逆転する。
 ガイガーの下からストレイトガオーとスパイラルガオーが上昇してくる。両機は頭部のドリルをずらしてドッキングポートを開き、爪先を伸ばした左右の脚をくわえ込む。がっしりとガイガーの脛を覆った両機はその身を僅かに細め、下部の三本の爪を展開する。これで脚部が完成した。
 左右から飛来したプロテクトガオーとブロウクンガオーが尾鰭を開きドッキングパーツを現す。後ろ向きに空洞となった肩に突入し、ガイガーの胴の中で互いに連結する。そうして両肩を構成した二機から、それぞれの上腕部が下ろされる。
 頭上から飛来したガジェットガオーが真上から頭を下にして背に取り付き、その脚で肩をがっしりと掴む。翼の下にマウントされていた前腕部が上腕部に連結され、兜がガイガーに被される。そして胸にあるギャレオンの顔を飾る放熱装甲が装着され、仕上げとばかりに獅子のごときエネルギー・アキュメイターの鬣が生え揃い、荒々しく揺れる。
 ジェネシック・ガイガーと5体のジェネシック・マシンのGSライドが連結し、相乗効果により圧倒的な出力を実現。動力は他の勇者ロボのGパワーではなく、その根源たるGクリスタルからもたらされたジェネシック・オーラの無限波動。
 眩いEMトルネードが霧と消え、現出するは黒き翼と黄金の爪を持つ巨人。圧倒的な存在感――否、その『存在』が圧倒的なのだ
 Give me a break/Beyond human knowledge/a word “GENESIC”
 破壊をその手に。人知を超えた言葉、ジェネシック――
「ガオッガイッガ―――!!」
 真に勇気ある者のみが辿り着ける、勇気の究極なる姿。人類が辿り着いた大いなる遺産。最古にして最強、最も旧く最も新しい、正しき破壊神、ジェネシック・メカノイド。完成勇者王、ジェネシック・ガオガイガー。
 それは破壊の権化。しかし勇気からなるその破壊とは存在を否定するためではなく、新たな命を生み出さんがため。喩えるならば破壊と創造を同時に司り、阿弥陀の師である世自在王佛ことシヴァ神。ジェネシックとそれを駆る真の勇者がある限り、邪悪は刈り取られ打ち砕かれるだけの存在でしかない。


『シンメトリカル……ぐああああ!』
 システムチェンジを終えた竜型ビークルロボたちが続けてシンメトリカル・ドッキングをしようとするが、そうはさせまいとEI−EXの表面がうねり、機械の触手をそれぞれに放って炎竜、風龍、闇竜を拘束してしまう。ジェネシックのようにEMトルネードで守られるわけではない彼らにとって、合体時の約40秒というのは最大の隙ができる瞬間なのだ。
 この作戦における最大の懸念が、現実のものとなってしまった。
 触手の先からは細かな工具のようなものが無数に出現し、炎竜のボディを切り刻まんとうなりをあげる。
「炎竜―――ッ!」
 すぐそばにいた氷竜が咄嗟にウルテクビームを撃つが、ほとんど効果が見られない。雷龍と光竜もパートナーを救うべく全力を尽くしていたが、やはり充分な効果はない。自分が拘束されないように逃げ回るのが精一杯なのだ。
 デモンベインとジェネシックが彼らを救出しようとするが、双方とも起動直後のうえ位置が離れすぎている。援護は不可能だった。
「反中間子砲、斉射!」
 しかし遥か彼方から赤い光が束になってEI−EXに降り注ぎ、炎竜を拘束していた触手が焼き尽くされる。その圧倒的な破壊力と、何よりもその声には九郎とアル以外の者は覚えがあった。
 戦友であるソルダートJ−002とガイの従妹のルネ・カーディフ・獅子王が駆る、白亜の超弩級戦艦ジェイアークだ。
「J! ルネ! 遠征調査に行っていたはずじゃ…」
「そうだ。だが不気味な波動を感じてな。貴様らの敵ならば私にとっても敵、貴様らの友ならば私にとっても友だ! いくぞ、ルネッ!」
「わかってるわよ!」
 ルネは戦闘に際して既にイークイップしている。とはいえ、サイボーグ化率が低いためそれほどの変化はない。桃色のエネルギー・アキュメイターの髪が獅子のたてがみのように広がり、冷却コートが翼のように展開されているくらいだ。
 しかし、イークイップしたルネの強さは出力よりもその容赦のなさだ。
『フュージョン!』
 白き超弩級戦艦ジェイアーク。その玉座のごとき艦橋でソルダートJとルネが手を取り合って舞い上がり、玉座の背後のレリーフに吸い込まれる。通常ならばメカノイドとそれにフュージョンする操者は一対一。それは単なる操縦ではなく、自身の感覚を全て機体と共有し自身の身体として操作するためであり、仮に一機のメカノイドに二人の操者がフュージョンしたところでまともに稼動するはずもない。
 だが――心が一つならば。
「ジェイバード、プラグ・アウト!」
 ジェイアークから艦橋と二つの砲台が外れ、人型に変形する。その動作にぎこちなさはない。
「ジェイッダー!!」
 ジェイキャリアー――ジェイダーが外れたジェイアーク――をその場に残し、プラズマウイングを展開して超高速でEI−EXに突撃する。
「プラズマ・ソード!」
 両腕から伸ばしたプラズマの刃をかざし、EI−EXと機動部隊のあいだを疾飛する。ジェイダーの最大の武器は火力ではなく、驚異的なスピードだ。
 もはやそれは『斬る』ではなく『払う』、あるいは『刈る』だった。くるくると変幻自在に飛び回るジェイダーに翻弄された触手は巧妙に誘導され、ジェイダーは数十のそれが重なる一瞬を逃さずに刈り取る。のみならず、刈ったそれをさらに微塵に刻む。さざれに刻まれた触手だったものは、やがてプラズマの高熱に耐えきれず光を発して焼き尽くされる。
 EI−EXはさらなる触手を伸ばそうとするが、それも悉く刻まれ、燃やし尽くされる。ジェイダーが振るう神速の刃により、ものの数秒もたたないうちに風龍と闇竜も解放された。
「助かったぜ!」
「ありがとうございます」
「ご迷惑をおかけしました」
 ジェイダーのコクピットでJは口元に笑みとも苦吟ともつかない表情を一瞬だけ浮かべたが、それを『照れ』だと知ったのは手を取り合っているルネしかいない。三重連太陽系一の戦士として、ただジェイアークとアルマだけを友として戦ってきた男が、仲間というもののすばらしさを知り、そのこそばゆさに照れているのである。
「さあ、さっさと合体しな!」
 ルネに叱咤されるまでもなく、六体の竜型ビークルロボたちはジェイダーの援護によって生じた隙を逃さずに合体を開始する。
『シンメトリカル・ドッキング!』
 氷竜と炎竜、風龍と雷龍、光竜と闇竜がそれぞれに変形、左右の半身となって合体する。彼らの合体も単にメカトロニクスを統合することではない。機体の合体と同時に彼らの心たる超AIをも統合し、まったく新たな一つの心とすることを意味する。
「超竜神!」
 赤と青の体を持ち炎と氷を操る合体ビークルロボ。氷竜と炎竜が合体して生まれた彼は、自己犠牲の精神を持つ冷静な男だ。
「撃龍神!」
 緑と黄の体を持ち雷と風を操る合体ビークルロボ。風龍と雷龍が合体して生まれた彼は、攻撃的な性格ながら的確な判断力を備えた戦士。
「天竜神!」
 白と黒の体を持ち光と闇を操る合体ビークルロボ。光竜と闇竜が合体して生まれた彼女は、細身の機体と優しい心に強力な力を秘めた淑女。
 竜型ビークルロボたちの合体が終わり、EI−EXに向かうと同時にジェイキャリアーがジェイダーのもとに到着する。
『メガ・フュージョン!!』
 ジェイダーの両腕がたたまれ、胴と脚部が分離する。ジェイキャリアーが立ち上り、ジェイダーの脚であった砲台部分が分子増殖により二回り大きくなってから左右に取り付いて腕に、同じく胴であった艦橋部分が上部に取り付いて頭部になる。
『キング・ジェイッダ―――!!』
 それはJジュエルを動力とする赤の星最強の決戦兵器。だがルネのサイボーグボディに組み込まれたGストーンと共振することにより、そのジュエルジェネレイターは本来の性能をはるかに超える力を発揮する。その証として、キングジェイダーの額にはめ込まれた赤い宝石に『J』と『G』の文字が重なって現れている。


 勇者部隊が戦闘準備を整えているあいだ、無論ジェネシックとデモンベインが何もしていなかったわけではない。
「ガジェットツール! プロテクトボルト…! ボルティング・ドライバーッ!!」
 ジェネシックの尾のようにも見えるガジェットガオーの頚部。その第二節と第三節を分離し、左肩のプロテクトガオーの顎から吐き出されたボルトとともに左腕に装着する。それを発動するとプロテクト・フィルムが展開され、あたかも巨大なドライバーで回転させたかのようにEI−EXが占める空間がねじれた。空間を転移して逃げるならば、現在の空間に縛り付けてしまえばいい。これによって――さすがに動きを完全に止めることは不可能だったが――前回のように逃げられるおそれはなくなった。
 これは地球での戦闘時に使用していたガトリング・ドライバーという超ハイテクツール、そのオリジナルだ。そのサイズは二十分の一以下、しかも空間をこじ開けるディバイディング・ドライバーと異常歪曲した空間を引きずり出すディメンジョン・プライヤーの機能も備わっており、なにより各種ツール群がオプションだったのに対しガジェットツールはデフォルトなのだ。これのみをもってしても、かつての緑の星の科学力を窺うことができよう。
 さらにその周囲にはデモンベインが全速で飛び回っている。高速で飛行し、一定の距離を直進すると二基の断鎖術式を駆使して急激に進行方向を捻じ曲げる。宇宙空間にEI−EXを中心とした巨大な五芒星形を描いているのだ。
「第五の印は旧き印! 邪悪と悪意を祓うものなり!」
 慈悲深い旧神の結界が発動し、EI−EXの落とし子としての側面の力を削ぐ。しかもボルティング・ドライバーによって空間が湾曲しているため逃れるすべはない。
 戦闘態勢を整えた勇者たちが即座にEI−EXの周囲に展開し、数秒のうちに人間の目では見つけることも困難なほどの距離に離れた勇者たちはそれぞれ攻撃を開始する。
「ウルテクビーム、全斉射!」
 超竜神がウルテクエンジンにより強化された四門のビームを同時に撃ちまくる。
「唸れ疾風! 轟け雷光! 双頭龍(シャントウロン)!」
 撃龍神が右手の攪拌槽(ジャオダンジィ)から疾風を、左手の電磁荷台(デンジャンホー)から迅雷を放つ。そのエネルギーは龍の姿をとり、互いに絡み合いながらEI−EXに殺到する。
「光と闇の舞!」
 天竜神がフレキシブルアームドコンテナから大量のFFミラーを含んだチャフ弾を発射し、さらにメーザー砲を放つ。チャフの雲は超竜神と撃龍神、天竜神の攻撃を飲み込み、チャフに乱反射したエネルギーがEI−EXに襲い掛かる。ほぼ同時に、しかも膨大なエネルギーを撃ち込まれた部分がぐずぐずに崩れてゆく。
 EI−EXは一瞬前に攻撃が当たった部位を本能的に引きつらせて防御するが、一度攻撃を受けた部位に連続して命中することはない。天竜神がすべてのFFミラーをリアルタイム制御し、攻撃エネルギーを的確にコントロールしているからだ。
 視界と索敵機能が無効化されたEI−EXは安易に触手やレーザーを放っては危険だと判断したのだろう、その体表から急速に色とりどりのグロテスクな液体を滲出させる。それを身震いすることで振り落とし、宇宙の酷寒により鋭い杭として超竜神たちに放った。なるほど、確かに実体を伴った攻撃ならば天竜神のFFミラーに反射されることもないし、返り討ちにあうこともあるまい。
「甘い!」
 超竜神がメルティングビームを連射し、杭を解凍して液体に戻す。
「自分の攻撃でも喰らってな!」
 撃龍神が右腕の攪拌槽(ジャオダンジィ)で風を送り、EI−EXに送り返す。
 知能の乏しいEI−EXはこの反撃までは頭が回らなかったのだろう。わけも分からぬまま自らが放った腐食性の体液でその身を焼かれ、苦痛にわなないている。


『プロジェクションコンベックス形成! リフレクターエネルギー充填開始!』
 タケハヤのブリッジに設えられた巨大な専用シートに座したボルフォッグがその超AIを多次元コンピュータに接続して次々に情報を処理し、ディビジョン艦隊――ひいてはGGG唯一の直接攻撃手段を作動させる。
 タケハヤの後部にたたまれていた重力レンズ照射装置が展開し、目視できるほどの――そこにあるはずの風景が歪むという現象においての目視――重力レンズが出現する。
「リフレクタービーム、発射ぁ!」
 火麻参謀がツクヨミからボルフォッグに命令を下す。
『プロジェクションカンケイヴ…リフレクタービーム発射!』
 エネルギー誘導経路から発射された、それだけでも充分な威力を備えたビームは重力レンズにより桁違いに強化されてEI−EXに襲い掛かる。
 EI−EXは危険を察知して身を震わせるが、逃れるすべもなくリフレクタービームUの餌食となり、命中した部位が完全に消滅した。砲撃戦においてリフレクタービームUに勝るものを、GGGの隊員たちは知らない。
 距離が遠いことと動きが見えないことからタケハヤを無視していたEI−EXだったが、しかしその威力を味わって大きな脅威を感じたのだろう、咄嗟には目算もできないほどの触手の束が恐るべきスピードで、また恐るべき破壊力を秘めてタケハヤに飛来する。
 このままでは間違いなくクルーの脱出よりも触手の到来のほうが早い。リフレクタービームUを連射しようとも、機関からのエネルギー再充填には多少の時間を必要とするし、周囲に代替エネルギー源となりうる恒星などはない。再発射が間に合おうとも、この状況では下手をすればタケハヤが攻撃されてしまう。そして人命を第一に行動するGGG隊員であるボルフォッグに、逡巡などミリセコンドたりともありはしなかった。
「ボルフォッグ、出ます!」
 そう宣言するなり艦外へと出撃する。前もって艦外に待機させておいた大型バイクと小型ヘリをちらりと一瞥し、その名を高らかに呼ぶ。
「ガングルー! ガンドーベル! 三身一体!」
 ヘリはガングルー、バイクはガンドーベル。簡易的なAIを搭載したボルフォッグのサポートマシンだ。それぞれが人型に変形し、さらに巨大な左腕と右腕となってボルフォッグと合体する。それにより隠密行動を専門としながらも変幻自在の戦いを得手とする巨大な忍者、ビッグボルフォッグとなる。
「4000マグナム!」
 右腕に装備された四連装72ミリ速射砲を連射――乱射しているように見えるが、その実一発一発が計算された『狙撃』である――しながら自ら触手の渦に飛び込んでゆく。
「ムラサメブレード!」
 左腕に装備された十字剣を高速回転させて触手を片端から切断してゆく。4000マグナムで遠距離の標的を狙撃し、ムラサメブレードで周囲10メートルの標的を斬り捨ててゆく。しかし両の腕の武装を総動員しても、叩き壊す触手より放たれる触手のほうが多い。ビッグボルフォッグは徐々に押され、そして押された分だけEI−EXに反撃の足がかりを与えることになる。わずかな後退は加速度的に大きくなり、いまやタケハヤの直前まで押し返されてしまっている。タケハヤの内部からはクルーたちが息を飲む音すら聞こえてきそうだが、クルーたちは緊張こそしているものの戦慄はしていない。なぜならビッグボルフォッグの口元に薄く笑みが浮かんでいるのが見えていたから。
「必殺! 大回転大魔断!」
 ボルフォッグだけの特別装備、内蔵ミラーコーティングを施して自身を独楽のように回転させる。もちろん独楽のような遊戯ではない。それはあらゆるエネルギーを反射し、自ら断つべき敵に向かう刃を持った独楽だ。GGG最硬を誇るウルトラG装甲のムラサメブレードにミラーコーティングがなされ、先ほどとは一桁違うほどの触手をまとめて微塵と刻む。
 なおも迫ってくる触手に自ら飛び込む。自殺行為とも思えるこの行動にも無論、勝利への計算がある。
「必殺! 大回転魔弾!」
 時間経過によって強度の落ちたミラー粒子を遠心力によって振り落とし、それを弾丸に見立てて全方位に放つ。
 出撃からたった数十秒。少し目を離していれば気づかなかったほどのわずかな時間で、タケハヤを始めとするディビジョン艦隊に迫っていた脅威はビッグボルフォッグ一人によって一掃された。
「ロイガー! ツァール!」
 ビッグボルフォッグからはEI−EXの影になって見えない位置で、デモンベインの左右の手に魔力がうねる。魔力は狂風――無論、この宇宙空間において通常の現象としての風であるわけがない――となり、赤い風が右手に凝縮、青い風が左手に凝縮してそれぞれ一振りの短剣が顕現する。
 右手に小振りのロイガーが逆手に、左手に大振りのツァールが順手に。これもデモンベインの他の兵装と同じく旧支配者の力――星間宇宙を歩む忌まわしい双子の力――を持つ武器だ。
 それを握った瞬間、デモンベインの両腕が消失した。否、文字通り目にもとまらぬ剣閃が閃いたのだ。その証拠に眼前にそびえる肉壁がかすかな光を発しながらえぐれてゆく。そして両腕が再び現れたとき、デモンベインの周りにあったはずの肉塊は腐肉と機械の合い挽き肉と化していた。
「ビッグボルフォッグ! 受け取れ!」
 ロイガーの切っ先にツァールの柄尻を合わせ、思い切り振る。するといまや一つとなったロイガー&ツァールはそれぞれが4枚の刃に交互に展開し、大小合わせて8つの刃を持つ巨大な手裏剣となる。それを投擲。デモンベインの前に横たわるEI−EXの巨体を美しいカーブを描いて迂回し、それでいて横一文字に深々と、大きな裂傷をささらに刻みながらビッグボルフォッグに向かって飛ぶ。
 ――そう、なにも落とし子としての側面にダメージを負わせることができるのはデモンベインだけではない。同じく旧支配者の力を持つ武器を勇者たちが用いれば、ゾンダーと落とし子、その両方にダメージを与えることが出来るのだ。それぞれの目的に特化した専用装備を持ち、それゆえ専用装備しか用いたことのない勇者ロボたちにとってこれは、目から鱗が落ちるほど大胆な戦術だった。
 いまだ衰えぬ大回転魔弾の回転を殺すことなく見事にそれを受け取ったビッグボルフォッグは、即座に手裏剣をたたんで二振りの短剣に分離させる。デモンベインにとっては短剣だが、サイズが半分以下のビッグボルフォッグにとっては身の丈ほどもある規格外の大剣だ。しかし彼は一振りしただけでコツを飲み込んだ。それも当然か、ボルフォッグはサイズこそ違え、同様の武器であるシルバームーンとシルバークロスを主武装としているのだから。
「はっ!」
 ビッグボルフォッグはロイガーとツァールに内蔵ミラーコーティングを施し、交互に投げる。遠距離と近距離に同時に対応するためだ。手から離れた短剣はEI−EXを削り、意志を持つかのように反転して再び削り取ってからビッグボルフォッグの手に戻る。そして弱ったミラー粒子は新たなそれに張り替えられ、もう一方の手からもう一方の短剣が離れてゆく。短剣に施されたミラーコーティングは剣の強度を向上するのみならず、敵味方の放つエネルギーを反射して射線を幻惑するための鏡としても働き、EI−EXを――それに確たる意識があればだが――苛立たせる。
 小刻みな攻撃に痺れを切らしたEI−EXがついに大出力レーザーを放った。それこそがビッグボルフォッグの思う壺であると知らずに。
「かかりましたね!」
 二振りとも手元に戻ったロイガーとツァールを頭上に掲げて合体させ、全身を大きく捻って展開する。先ほどデモンベインが用いた使い方だが――こちらは、ミラーコーティングが施されていた。
 真っ向からレーザーに向かってわずかに揺らぎながら投擲されたロイガー&ツァールは鏡と化したその八枚の刃にレーザーを受け、広範囲に拡散させながらすべてEI−EXに撃ち返す。それは回転している扇風機の羽に水をかけたようなものだ。かける水の量が多ければ多いほど自分に跳ね返ってくる水の量も多くなる。もちろんロイガー&ツァールは扇風機ではなく、ミラーコーティングによってレーザーは数段強化されている。
「メルティング・サイレン!」
 ビッグボルフォッグの胸にある赤い回転灯が回り、サイレンが鳴り響く。それは特定の波長によってゾンダーのバリアシステムを分解・無効化する特殊装備だ。常にその身を覆うバリアをも無効化されて丸裸同然になったEI−EXは自らのレーザーをことごとくその身で受け、穴だらけになった体表面が紫や茶色の粘液を噴き出しながら苦痛と怒りに波打つ。
「クトゥグア! イタクァ!」
 その機を逃さずにデモンベインが右手に焔の魔銃クトゥグア――モーゼルミリタリー・カスタム――を、左手に氷の魔銃イタクァ――マテバ・オートマティック・カスタム――を顕現させて連射する。ものの一秒ほどで全弾を撃ちつくすと、チャンバーとシリンダーに美しい刻印が施された弾丸をそれぞれ一発ずつ込めてくるりと手の中で反転させる。
 見る目のある者が見ればその美しさと、それ以上にその一発に秘められた威力に驚くだろう。銃弾にはこう刻まれていた。巨大な50アクションエキスプレスには“The Minions of Cthugha”、同じく巨大な460ルガーマグナムには“Wendigo the Blackwood”と。
「超竜神、使え!」
 デモンベインが超竜神に向けて二挺魔銃を投擲する。
「それぞれに灼熱と酷寒のエネルギーをありったけ注いで撃て! 神獣弾を装填してある!」
「了解!」
 投げ渡された二挺魔銃は超竜神にとってはかなり大きかったが、がっちりとグリップを握ると光り輝く魔術文字の羅列に分解され、大きさに関する部分の記述が書き換わって超竜神が使うにちょうどよいサイズで再構成された。そしてデモンベインと掌中の魔銃に促されるままにウルテクエンジンとGSライドをフル稼働する。既にデモンベインが神獣の召喚プロセスを整えてあるので、あとはそれをどれだけ強化できるかで威力が決まる。
 超竜神は機体の移動に用いるエネルギーさえも余剰と言わんばかりに魔銃に注ぎこむ。赤と青の機体が緑色に染まるほどにGSライドを活性化し、クトゥグアとイタクァにGエネルギーを注ぐ。しかし超竜神がほとんど動かないことに気づいたEI−EXが好機とばかりに無数の触手を撃ち出す。無論、EI−EXにとって好機は超竜神にとっての危機に他ならない。
 見る間に触手が超竜神に迫る。100メートル、50メートル、20メートル、6メートル、1メートル、30センチ……
「喰らえ! クトゥグア! イタクァ!」
 目前に汚穢な触手が迫り、その身に触れんという刹那にようやくトリガーを引いた。本来の色――燃える赤と凍える白――に加えてGストーンの緑を纏った神獣が、目前の触手を百分の一秒もかからずに根元まで消し飛ばす。
 クトゥグアは巨体を生かした直線弾道をとり先端から根元までを走り抜け。イタクァは弾丸であるにもかかわらずその弾道を次々に変えて幾度も幾度も貫いて。
「おお、こいつはいいぜ! (レイ)ーッ!!」
 撃龍神が左手の電磁荷台(デンジャンホー)から電撃を放つ。それはイタクァが通った跡の絶対零度の道を通り、EI−EXに追い討ちをかける。絶対零度によって原子振動が停止したEI−EXを電撃が粉々に砕く。同様に攪拌槽(ジャオダンジィ)から放たれた疾風がクトゥグアの通った跡の灼熱の道をたどり、焼け爛れた肉と機械を吹き飛ばしてゆく。
 しかし竜神たちとビッグボルフォッグの活躍を知り、EI−EXは乏しい知能を動員して彼らを後回しではなく優先的に排除すべき敵として認識する。
 その直後、今までの比ではない、壁のように巨大な触手――しかもそれが先端から大出力のレーザーを発射しながら彼らに襲い掛かる。目標を正確に認知したことによりその狙いはより精密に、威力は格段に向上している。そして彼らはこれに気づくのが一瞬だけ遅かった。
「避けられない!」
「畜生!」
「いやあぁぁ!」
「いけません!」
 EI−EXの触手が恐るべき速度で超竜神と撃龍神、天竜神、ビッグボルフォッグに迫る。これまではEI−EXの単調な攻撃を先読みして叩き落しながら反撃してきたが、先を読めなかった今度ばかりはかわせない。この攻撃が当たれば一撃の下に両断されてしまうだろう。
「甘いぜ」
「なんて、な」
「冗談です」
 だが三人は危機においてあまりにも余裕に満ちた声を出す。
『シンメトリカル・アウト!』
 超竜神と撃龍神がそれぞれ左右に分離して攻撃をやり過ごす。
『シンメトリカル・ドッキング!』
 そして氷竜と雷龍、炎竜と風龍の間に200%のシンパレートが実現され、合体。
「幻竜神!」
「強龍神!」
 そうして誕生するのが規格外合体ビークルロボ、幻竜神と強龍神。あくまでも人命救助とガオガイガーの補佐役を旨とする超竜神と、それを戦闘用にカスタムした撃龍神だが、測定範囲外までシンパレートを上昇させシャッフル・ドッキングをすることにより理論上無限の出力を誇る新たな勇者が生まれる。
「超・分身殺法!」
 ビッグボルフォッグもまた、ボルフォッグ、ガングルー、ガンドーベルの三体に分裂することで攻撃をやり過ごす。だがやはり、ただ分離したわけではない。そしてその三つの影は一つに、また三つにと、合体と分離を高速で繰り返しながら、襲い掛かってきた巨大な触腕を逆に表面から削り取るように撃破する。ミラーコーティングされた三つの影はそれ自身が意思を持った弾丸であり、これから逃れるすべはない。
「うあああああああ!!」
 しかし天竜神だけは逃れることができず、攻撃を受けてしまった。触手の到来を待たずにその細身の機体を大出力レーザーに灼かれている。頑強なスーパーモノコックのボディとはいえ、これほどの大出力を受けては数秒原形をとどめれば僥倖、といったところだろう。だがしかし――
「なんてね。熱烈なビーム、倍にしてお返しするわ!」
 そう言う天竜神には甚大な損傷どころか毛筋ほどの傷もない。攻撃から逃れることができなかったのではなく、わざと逃げなかったのだ。彼女の胸にはクリスタルシールドが装備されている。その豊かな胸でビームを余すところなく吸収し、増幅してEI−EXに反射するために。それによって襲い掛かってきた触手は自らが放った攻撃により灼かれ、のたうちまわった挙句に蒸発した。
「行くぞ、強龍神!」
「応よ、幻竜神!」
 天竜神がEI−EXのラブコールを手ひどく突っぱねている隙に、幻竜神と強龍神が互いに寄り添って攻撃に移る。
「吹けよ氷雪!轟け雷光!」
 幻竜神の右手からは冷気の、左手の電磁荷台(デンジャンホー)からは轟雷の竜が放たれる。氷雷二頭の竜を放つはサンダー・ブリザード。
「唸れ疾風!燃えろ灼熱!」
 強龍神の右手の攪拌槽(ジャオダンジィ)からは狂風の、左手からは爆炎の龍が吹き上がる。炎風二頭の龍を放つはバーニング・ハリケーン。
 そしてその四頭を同時に放つ技こそが――
『マキシマム・頭龍(トゥロン)!!!』
 龍が荒れ狂う。身を寄せ、身を離し、思い思いに宇宙空間を翔ける。四頭の龍は互いに求め合い、四種の力はエネルギーを減衰することなく高めあう。
 EI−EXが原始的な防衛本能で細長く鋭い棘を無数に生やす。長さは数百メートル、先端は縫い針よりも鋭く、ダイヤモンドよりも硬い。ハリネズミのようになったその一角が、四頭の龍を串刺しにし、さらにはその後ろに控える四人をずたずたにしようとうねり、伸びる。
 だが龍が飛んだ後、幻竜神と強龍神の周りに集まっていた無数の棘と触手は一掃され、さらに今なお巨大化しつつあるEI−EXの巨体の一角を消し飛ばした。
 見ればビッグボルフォッグがそのうちの一体に乗り、まるで騎馬武者――否、騎龍の天将のように駆け回っているではないか。
「私もいくわよ! 内蔵・弾丸X! ダブル・リム・オングル!」
 天竜神がGストーンのエネルギーを極限を超えて開放する弾丸Xを発動させ、両の腕からそのGエネルギーを直接放出した光の剣を抜き放つ。その銘は二振りの爪やすり。いささか平和な名とは裏腹に、Gエネルギー収束体の表面を覆うナノマシンが対象を削り取るそれは、毀れることのない水晶の刃だ。
 彼女もマキシマム・頭龍のうちの一体に騎乗し、迫りくる触手や肉塊をことごとく斬り捨てて駆ける。幻竜神と強龍神も龍に乗って尽きることのない力を揮っている。その光景は、遠く離れたディビジョン艦隊のクルーの目には無数の光り輝く龍たちが醜く邪悪な敵を食いつくさんとしているように映っていた。




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