V.最撃多元燃導艦タケハヤ


「で、これがその『魂の射出』か」
 GGGの面々の前に置かれているのは薄っぺらな小冊子だった。いくらなんでも、このようなものがEI−EXの魔力増幅を担い頑強な防御力の要になっていたとはにわかには信じがたい。
「やはり信じぬか。だが先ほども説明したとおり、力を持ち、時を経た魔道書にはそれなりの霊と力が宿る。力ある魔術師がそれを使いこなせば神の模造品とて使役できるのだぞ?」
「つってもなあ。俺にはただの本にしか見えねえぜ」
 火麻の言ももっともだ。魔術が発展しなかったこちらの世界では本はただのインクと紙の集まりでしかない。それが霊を備えていると言われても、古い言い伝えにある憑喪神を思い浮かべるくらいだ。
「ならば、これで納得するか?」
 アルがいたずらっぽく微笑んで、ざらり、とその小柄な体の左半分を渦巻く羊皮紙に変じた。
「これが妾のもとの姿。数多の写本をもつネクロノミコンの原典たるアル・アジフぞ」
 さすがのGGG隊員もこれには驚きを隠せない。態度こそ尊大であったが少女にしか見えないアルが、実は本であったのだから。
「な、なるほど。納得したよ」
 さすがの大河でさえもどもってしまうほど驚いている。
「で、これはどうすんだ?」
 大河の横に立った、まったくうろたえていない火麻が『魂の射出』を指先でつつきながら九郎たちに訊ねる。
「…………(どうして驚かぬか、こいつは)
 そうさな。大した力はないが魔道書であることに変わりはない。放っておけばこの世界に害をなすであろうから、焼き払ってしまおうではないか。どうせこちらの世界では使い道もなかろう?」
「そうじゃな。ぱーっとやっちゃってくれい」
 雷牙博士が「ぱーっと」にやけに力を入れて言う。
「うむ。では……ふんぐるい・むぐるうなふ・くとぅぐあ・ふぉまるはうと・んがあ・ぐあ・なふるたぐん・いあ・くとぅぐあ…」
「おいおいおいおい!」
 九郎があわてて制止するが間に合わず、一瞬のうちに『魂の射出』が置かれていた机の上が火の海になり、また一瞬のうちにもとに戻る。積まれた資料や紙コップはそのまま、変わったのは『魂の射出』が灰の一片さえも残さずに焼き尽くされたことだけだった。
「おまえ派手すぎ」
 アルが唱えたのは炎の神性クトゥグアを召喚する呪文だ。たった一冊の小冊子を燃やすためだけにわざわざプラズマ体であるクトゥグアの力を呼び出す必要など一切ない。ライターでもマッチでも火がつけば充分なのだから、単に派手なことをして目立ちたかっただけだろう。その証拠に、アルの顔には『どうだ!』という感じで満面の笑みが浮かんでいる。
 それを見た九郎はやれやれ、とばかりに肩をすくめる。
「これが魔術か……いつか解明してみたいもんじゃ。
 さて、先ほどの話の続きじゃが。あのEI−EXは一体なんなんじゃね? さっき僕ちゃんはゾンダーメタルが過去から来たものだと言ったが、しかしゾンダーメタルはZマスターがいなければ存在できないはずなんじゃ」
 雷牙博士がほとんど直感的に言ったらしい自分の言を反芻して疑問点を抽出し、アルに問いかける。
「それはおぬしの言うとおりだ。あれが過去から取り寄せられたものだとすると、――まぁ強引に聞こえるやも知れぬが、厳然として『存在する』のだからマスタープログラムが存在せずとも問題はないのだ」
 ゾンダーメタルはZマスターに依存して存在する。故にZマスターが消滅した現在においては存在しないはず。それは正しい。しかし過去から呼び出されたのであればそれは過去のZマスターに依存して活動しているので、現在にZマスターが存在しなくても活動し続ける。もっとも、Zマスターの中央統合制御がないので、落とし子と融合さえしなければ機界昇華を実行するどころかほとんどただ存在するだけなのだが。
「とすれば、存在が異質であることのほかにZマスターなしで最大限の活動ができるようにプログラムを最適化している最中だと思われます。その作業が終われば完全にゾンダー化し、機界昇華を遂行するでしょう」
 何事かをシミュレートしながら猿頭寺が会話に加わる。いわゆる天才というものは複数の事柄を同時に並行して処理できるのだ。
「なるほど。すると、EI−EXはZマスター以上の脅威だな…!」
 過去にGGGが死闘を繰り広げたゾンダーやゾンダリアンはマスタープログラムであるZマスターを消去したときにともに消え去った。だがEI−EXはマスタープログラムに依存せずに活動できる。ということは一度ゾンダー胞子が拡散してしまえば鼠算式に増加し、宇宙そのものがゾンダー化されるのは時間の問題ということになる。なにしろまとめて消去する手段がないのだから。
 機界新種もZマスターなしで活動できるが、物質昇華――つまり世界に死をもたらすだけで、増殖はしない。その点から見ても、EI−EXはかつてない脅威となりつつある。
「しかも素体となった落とし子は時間と空間に束縛されぬ。ゆえにヤツが完全にゾンダーメタルと融合した場合、この世界の過去現在未来のことごとくがゾンダー化されるだろう」
「な……せっかくZマスターとソール11遊星主をぶっ倒したってのに、これじゃ意味ねえじゃねえか!」
 火麻がいつもの調子でコーヒーが入った紙コップを握りつぶし、まだ一口も飲んでいなかった中身の熱さに悶える。
「だから俺たちにも戦わせてくれ。こっちの不始末から始まったことなんだから、落とし前はきっちりつける」
「いや、こちらからもお願いする。EI−EXがゾンダー化したのはこちらの宇宙に原因がある。君たちに頼むのは心苦しいが、EI−EXを倒すのに協力してくれないだろうか。
 ガッツィ・ギャラクシー・ガード長官として、協力を要請します」
 大河が頭を下げて九郎とアルに頼む。それを見ていたGGG隊員たちも二人に頭を下げる。
「そうかしこまるな。我らとてこれでハイさよなら、などと言う気は毛頭ない。我らの鬼械神、魔を断つ剣(デモンベイン)と、このアル・アジフと」
「その主、大十字九郎は、共に魔を断つ戦いに臨むことを約束する」
 九郎とアルが差し出した手を、大河が両手で握る。
『ワォ! 新しい仲間ができたもんねー!』
 突然、司令室の大型モニターが作動する。勇者ロボたちが休んでいるメタルロッカールームとつながっているのだが、今の今までモニターは切ってあったのだ。そこに顔のモニターに握手の絵を映し出して新たな友情を喜んでいるマイク・サウンダース13世が大写しになる。
 九郎とアルは、言い方は悪いが変人揃いのGGGにあってさらに一際異色を放つマイクを見て、戸惑うよりも先に笑みを漏らした。マイクは短い脚と蛇腹状の腕をぐるぐると振り回し、まるで子供のようにはしゃいでいる。
「君たちから何か質問はあるかね?」
 大河が微笑みながらモニターに顔を向け、その向こうの勇者ロボたちに声をかける。
『んじゃ、俺から』
「なんだねゴルディー?」
『その戦い、俺の出番はあるんだろうな?』
 実にゴルディーマーグらしい質問だ。ソール11遊星主戦では早々に地球でゴルディオン・ハンマーごと破壊されてしまい、超AIの修復のために最終的にゴルディオン・クラッシャーを発動するまで出番がなかったのだ。その後、機体が修復されたものの先の戦いでも出番がなく、歯がゆい思いをしていたのだろう。
「ああ、もちろん! いざとなったら頼むぜ、ゴルディー!」
『よしよし、そうこなくっちゃな!』
 ガイが答えると、ゴルディーマーグは至極満足そうに椅子にふんぞり返ってロボオイルを一気に飲み干し、空になったボトルを握りつぶした。ちなみにゴルディーの超AIには火麻参謀の人格がコピーされている。
『次は私から質問――というより提案を。共闘するのは大賛成ですが、そのためにはお互いの戦力を知る必要があると思います』
『私も、氷竜先輩と同意見です』
「うむ。それはもっともだ。では互いの戦力を簡単に説明しあおうじゃないか」
 氷竜と風龍が戦力の開示を進言し、それに大河が頷くと、モニターの向こうの勇者ロボたちが一人ずつ大きく映し出される。
『私は氷竜。冷却を得意とします』
 モニターの端に氷竜のビークルマシン形態が表示される。それはサイズはともかくとして青いクレーン車だった。
『僕は炎竜。炎ならお手の物だ』
 同じく、赤いはしご車。
『私は風龍。風を起こすことで戦います』
 同じく、緑のアジテイタートラック。
『俺は雷龍。電撃なら任せとけ!』
 同じく、黄色のダンプトラック。
『私は光竜。メーザービームで戦うのよ』
 こちらは物騒にも純白のメーザー光線車。
『私は闇竜。恥ずかしながらミサイルを主武装とします』
 同じく物々しい漆黒のミサイル装甲車。
『私はボルフォッグ。諜報活動を専門とします』
 少しばかり無理があるフェラーリがベースになったパトカー。
『俺様はゴルディーマーグってんだ。GGGで一番頼りになる男だぜ!』
 ゴルディーは戦車であるゴルディータンクと、必殺ツールである巨大な金槌・ゴルディオン・ハンマーが表示された。
『マイクはロックで戦うんだもんねー!』
 マイクは他の皆とは違い、戦闘形態であるギターを構えたブームロボ形態が映し出された。
「氷竜と炎竜、風龍と雷龍、光竜と闇竜はそれぞれ双子の超AIを搭載しており、合体することで超竜神、撃龍神、天竜神となります。ボルフォッグにはガンマシン二機がサポートにつき、ゴルディーマーグはゴルディオン・ハンマーの担い手です。マイクは各種サウンドディスクを用いて戦闘からサポートまで幅広くこなします」
 牛山オペレータが勇者ロボたちの自己紹介に付け加える。
「そういえば自己紹介がまだだったな。俺は獅子王凱。GGG機動隊長でジェネシック・ガオガイガーのパイロットだ。さっきフュージョンしてたのがガイガーで、さらにファイナル・フュージョンしてジェネシックになるんだ」
 茶色の長髪をなびかせたさわやかながらも徹底した熱血漢が、Gマークが輝く左手を掲げて見せる。彼は先ほどの戦闘で分かるように、確率を跳ね除けて不可能を可能にする勇者だ。元宇宙飛行士だったがEI−01によって瀕死の重傷を負い、父の獅子王麗雄博士によってGストーンサイボーグとなって機界大戦を戦い抜いた。そして生身の肉体に戻れたと思えば細胞レベルでGストーンと融合した――敵として戦ってきたゾンダーと同じ――生機融合体となっていたのだ。だが彼がゾンダーと絶対的な一線を画すのはその在り方、生命を尊ぶ心だ。
「私は卯都木命。機動部隊のオペレータよ」
 赤毛をウサミミのように整えた、まだあどけなさが残る顔立ちの女性が言う。彼女は機動部隊オペレータで、ミラーカタパルトでの射出、ファイナルフュージョン・プログラムドライブ、ゴルディオン・ハンマー発動のための安全装置解除が彼女の役目だ。彼女はす、と九郎とアルにコーヒーを差し出すが、ぶっちゃけ、命が淹れたコーヒーは濃すぎて飲めたもんじゃねえ。
「命の淹れたコーヒーはベリービターでおいしいデース。Oh、申し遅れましタ、私はスワン・ホワイトデース」
 怪しげな日本語をしゃべる巨乳の金髪女性。研究部オペレータで、先ほどガイが使えないかと問うたゴルディオン・クラッシャーの発動キー『勝利の鍵』を大河長官とともに分割保管する。ちなみに命が淹れた特濃コーヒーをおいしく飲めるのは彼女だけだ。その兄のスタリオンはカップを受け取ったきり口をつけず、かといって飲まずに机に置くことははばかられるようで、渋い顔をしている。
「んじゃ、俺たちの番だな。俺は大十字九郎。こいつがアル。で、俺たちの鬼械神がデモンベイン。魔術で戦う頼もしい相棒だ」
 九郎は自分と、隣に座って命のコーヒーを睨みつけるアルを指し、モニターにはその半分にヒルメに収容されているデモンベインが映し出される。
「我々の戦力はすべてGストーンによって稼動しています。Gストーンとは、勇気をエネルギーに変える命の宝石ですね」
 牛山が言外に動力源を教えてくれ、と目を輝かせて言う。
「あー……アル、動力ってなんだっけ?」
 牛山が動力について言及すると、途端に九郎の顔が曇る。実際のところ、機体の整備は覇道邸のメイドのチアキに任せっきりで、デモンベインの機械的な部分はほとんど知らないのだ。
「知らんのか、このたわけ。……ったく、汝もよく聞いておけ。
 デモンベインの動力源たる獅子の心臓には銀鍵守護神機関が内蔵され、その中の銀の鍵を通じて並行世界から無限のエネルギーを吸い上げるのだ」
 銀の鍵は異世界に通じる門を開くものだが、それ自体が非常に危険なため厳重に防護・制御されており、これを使ってもとの世界に戻ることは事実上不可能だ。行きは鍵でできるが、還りの方法は鍵を包む布に古代言語で記されていたという。が、ここにその布はなく、無理やりに銀の鍵を使えばランドルフ・カーターのようになってしまうだろう。
 ここまで話したのだが、GGGの面々とともにデモンベインの操縦者である九郎まで感心しているのがアルには気に入らない。
「ところで、さっき帰るのに必要だとか言ってた本を燃やしちまったじゃねえか。大丈夫なんか?」
 新しいコーヒーの紙コップを持った火麻が訊ねる。その背後に整然と並べられて湯気をあげる紙コップの大群は、まさかまた握り潰したときのスペアだろうか。
「妾をなんと心得ておる。最強の魔道書アル・アジフぞ。『魂の射出』ごときに記憶されておった情報なぞ、すべてコピーしてあるわ」
「へえー」
「そうだ九郎、いい報せがある」
 くるりと横を向き、隣に座っている九郎に声をかける。その顔には不遜な微笑が浮かんでいる。
「なんだ?」
「妾と『魂の射出』のデータを統合してな、二度ほどなら門を開くことができるぞ」
「ってことは?」
「つくづく鈍いな、汝。一度は帰るために残しておくとして、あと一度でナアカル・コードを受信できるであろう?」
 それを聞いた九郎の顔がみるみる喜色に染まってゆく。
「てことは、レムリア・インパクトを撃てるんだな!」
「レムリアやらナアカルやらと、ムー大陸の話をしておるのか?」
 オカルト方面としか思えない単語が頻出する九郎とアルの会話に、雷牙博士が割り込む。
「ああ、ならば説明してやろう。デモンベイン最強の第一近接昇華呪法こそがレムリア・インパクト。右掌に発生させた超高密度の呪法塊を敵に叩き込み、その内宇宙に特異点を発生させて昇華する技だ。
 ただな、あまりに強力すぎるゆえそのコントロールシステムたるヒラニプラ・システムにロックがかけられておるのだ。それを解除するのがあちら側にいる小娘のナアカル・コードというわけだ」
 ちなみにレムリアとはムーのこと。ただしブラヴァツキー夫人がオカルティックに捻じ曲げたムー大陸ではなく、キツネザル(レムール)の分布を説明するために提唱された、古代に沈んだとされる大陸のことだ。ヒラニプラとはその首都。ナアカルとは現代においても怪しげな修行僧が使っているとされる古代言語だ。
 それを聞いた大河長官はゆっくりと立ち上がると、
「ふむ。つまりはわたしの『承認ッ!!!』と同じことというわけだね」
 と、わざわざ声を張り上げてポーズを決めつつ納得した。
「〜〜! 汝、少しは静かに納得できんのか!」
「いや、失礼。さて、では敵についてだ。EI−EXは君たちが落とし子と呼んでいるものを素体にゾンダー化したものだが、なにか対抗策はないかね」
 再び腰を下ろして一気に話題を変える大河に少しばかり口を尖らせつつも、アルはその知識を開示する。
「ヤツは時空を超越したヨグ=ソトースという神が人の女に産ませた落とし子でな、ヨグ=ソトースの子らは総じてこの世の物理法則に従わぬ。まあ神といっても厳密にはただの異次元の宇宙生命体だが」
「つまり……半ば物理法則にとらわれないゾンダー、ということになるのう」
「あー、ちなみに通常のゾンダーのように素体とゾンダーメタルが融合し、そのまわりに機械を纏っているのではなく、完全に素体とゾンダーメタルが一体化しているので浄解は不可能……というか素体が素体ですので不要です」
「ふむ。護くんと戒道くんがいないこの状況ではありがたいことでもあるな」
 雷牙博士がEI−EXの予想されうる特質を言い、猿頭寺が解析とシミュレーションの結果から浄解――ゾンダーやゾンダリアンを素体に戻すこと――が不可能であるとともに不要であると告げる。素体そのものがヨグ=ソトースの落とし子という邪悪なものであるため、たとえ浄解しようとも無意味だ。
「とはいえ、基本的に在り方が違いすぎるゆえ現在は完全に融合しているわけではない。最適化が終わろうとも両極が完全に一体となるわけではなかろう。いわば落とし子とゾンダーの両面があるのだが、それがこちらにとって有利であり不利でもある。
 有利な点は無論こちらに対処する時間が残されていることだ。
 不利な点はかなり多いぞ。ゾンダーのバリアシステムは妾らが打ち破るには少々厄介だ。対して落とし子の結界は基本的に魔術的手法以外では打ち破れない。さらに素体が素体だけに通常のゾンダーとやらとは桁違いの攻撃力・防御力がある。
 面倒なことに双方の側面がもう一方をサポートし、圧倒的な回復力まで備えておる。
 だが安心せい、神々というのは知能があるかどうかすら微妙な存在だ。つまりやつが採るだろう戦術は無策に突っ込んでくるだけだ」
「うっし! だったらゾンダー側は俺たちGGG、落とし子側はお前らの担当ってことでいいな!」
 長い説明を黙って聞いていた火麻がようやく参謀らしいことを言う。
「よかろう。EI−EXは融合と成長に必要なエネルギーを求めて近いうちに再びここを襲ってくるだろう。そのときを狙って」
『総力戦だ!』




BEFORENEXT

inserted by FC2 system