ひとえの生贄の儀が始まった。大人たちはひとえを祭壇に置き去りにして物影に隠れ、おびえながらもひとえが食われようとしているのを見物している。
 そこに、馬蹄の音が響いた。
 何事かとオロチが目を動かすまもなく、ひとえを食わんとしていた横面に火の玉が当たり、砂浜に叩きつけられた。
「ヒビキさん!」
 ひとえの視線の先には、火を灯した音撃棒・烈火を構えて馬を駆るヒビキがいた。同じくそれに気付いた童子と姫は鬼岩城から数多の魔化魍忍群――白狐と紅狐を呼び出し、自らも顔全体を覆う仮面を装着した。
 対してヒビキの体は紫焔に包まれ、戦うため、そして守るための体――鬼に変身した。
「ひと暴れするぜ!」
 馬から飛び降りると、敢然と魔化魍忍群に切り込んでゆく。その音撃棒の一振りは魔化魍忍群をたやすく叩き伏せ、見る見るうちにその数を減らしていった。
「ひとえ!」
 そしてここにもう一人の勇者がいる。未熟ながら人を、愛する人を守りたいという気持ちに偽りはない。その気持ちが明日夢をこの戦場へと駆り立てたのだ。
「明日夢!」
 戦う術を持たない明日夢にはひとえを抱き締め、魔化魍忍群との間に入ることしかできない。しかしそれだけのことが、ひとえにはとても力強く感じられた。
 明日夢に気付いた響鬼は魔化魍忍群を割って彼らの前に立ちはだかると、身体に満ちる炎の気を烈火に集中させる。
「はあっ!」
 鬼棒術・烈火弾。真紅の鬼石から放たれた炎の球は一撃で数十の妖狐を爆散せしめた。
 二人を戦場から逃がすために盾となり、槍となって道をつける響鬼の前に童子と姫が立ちふさがる。後ろは既に妖狐たちがふさいでいる。進退窮まった響鬼たちに魔化魍忍群が襲い掛かる。
 絶体絶命か―――
「響鬼ぃ――!」
 音撃震張・烈盤が妖狐を切り裂き、道を拓く。煌鬼だ。
「俺も戦う。女房に会わす顔がないからな!」
 羽撃鬼が空を舞い、戦地に降り立った。
「よっしゃあ――!」
「仏の声を聞いた。戦いの時だ!」
 西鬼と凍鬼も魔化魍忍群を蹴散らしている。
「僕も戦いますよ、人間のためにね!」
「やっぱ、やるしかないんだよね!」
 威吹鬼と轟鬼も戦列に加わった。


「行け!」
 姫の一声が一瞬だけ硬直した戦局を再び動かした。鬼たちを取り囲んだ魔化魍忍群が一斉に襲い掛かる。
 しかし、もはや鬼の敵ではない。
「ぜやあぁぁぁ――!」
 羽撃鬼は得意の空中戦を織り交ぜた立体的な戦いで魔化魍忍群を翻弄する。
 威吹鬼は体術と音撃管・烈風の遠近両面での戦いで妖狐を寄せ付けない。
 西鬼は虎のように勇猛な戦いで次々と妖狐を蹴散らす。
 煌鬼は水中戦で多くの妖狐を海の藻屑とする。
「ふぅあっ!」
 凍鬼は襲い掛かってきた姫に法力で音撃鼓を投影し、自由を奪う。
「ぬぅりゃ!」
 じたばたとあがく姫に音撃金棒・烈凍のフルスイングをお見舞いし、文字通り木っ端微塵に粉砕した。
「うおおおおおお!」
 轟鬼は音撃モードにした烈雷を振り、童子と切り結ぶ。鬼の中でも屈指の剛力を誇る轟鬼は力任せに童子の刀と面を断ち割り、腹に烈雷を突き刺すと雷轟をかき鳴らす。
 激しい弦の音とともに童子は炸裂し、土塊に戻った。
 正しく生きていようと踏みにじられることもある。けれど自分の信じることを曲げてしまったら自分に負けることになる。それだけは我慢できない。
 その思いを厳しい鬼の面に秘めて戦う。その身を打たれようと斬られようと、挫けずに。人を守ると立てた誓いをゆるがせにすることなく。


 明日夢とひとえを背にかばったまま魔化魍忍群と戦い続けていた響鬼は、最後の妖狐を倒すと二人を逃がした。そのとき、その目に場違いなものが映った。
 鮮やかな着物を着た美女。それが舌なめずりをしたとみるや、たちまち銀の甲冑に身を包んだ魔化魍、奇骸羅帝の姿を現した。
 奇骸羅帝は変幻自在の幻術で姿を現しては消え、あるいは巨大化して響鬼を弄ぶ。しかしその力から来る傲慢が命取りだった。
 愚かにも本体を現して襲い掛かる奇骸羅帝。その槍は響鬼の音撃棒によって阻まれ、逆に音撃棒の一撃を受けてしまった。痛みで僅かに動きを止めたその身体に、三つの鬼石が打ち込まれた。
「音撃奏・旋風一閃!」
 鬼石を発射した羽撃鬼が音撃吹道・烈空を吹き鳴らす。音撃の音と鬼石の共鳴とによって、魔化魍である身には耐え難い苦痛が襲い掛かる。
「音撃拍・軽佻訃爆! ぬうりゃ! おうりゃ! どうりゃ!」
 煌鬼が音撃震張・烈盤を打ち合わせ、嫋嫋と清めの音を放つ。
「音撃射・疾風一閃!」
 威吹鬼の音撃で鬼石が過負荷によって砕ける。だがそれによって細かな破片が奇骸羅帝の体のより深くに食い込んだ。
「音撃響・偉羅射威! 偉羅射威! 偉羅射威!」
 西鬼が音撃三角・烈節を変身音叉で打ち鳴らす。四重の音撃によって、もはや奇骸羅帝は立っているのがやっとの状態だ。
「音撃斬! 雷電激震! てや! はぁっ!」
 轟鬼が無防備な腹に烈雷を叩き込み、力の限り弦を弾く。だが奇骸羅帝はあまりの苦痛から逃れるため、恐るべき気概で体を動かし轟鬼を投げ飛ばす。
 そこですかさず凍鬼が空中に音撃鼓を投げて巨大に投影し、特大の銅鑼のようになったそれを思い切り烈凍で殴る。
「音撃殴・一撃怒涛! せい! せい! ぬぅあーせいぃ!」
 特大の清めの音が音撃鼓から跳ね返り、奇骸羅帝の中で怒涛の如く暴れまわる。そして先ほどの攻撃から立ち直った響鬼が走りながら音撃鼓・火炎鼓を投げる。もはや飛来する音撃鼓を払いのける力も残っていない奇骸羅帝は火炎鼓を体に打ち込まれ、その衝撃で槍さえも取り落としてしまう。
「音撃打! 爆裂強打ぁ!」
 響鬼が左に構えた音撃棒をほぼ同時に渾身の力を持って叩き込む。あまりの衝撃に奇骸羅帝は吹き飛ばされ、彼方の砂浜に落ちる。辛うじて立ち上がりはしたものの、その体は既に魔化魍として機能してはいない。
 鬼石を打ち込まれ、さらに火炎鼓まで受けた腹の辺りから全身に小規模の爆発が連鎖してゆく。それが全身を覆ったとき、数多の鬼の血を吸った強大な魔化魍・奇骸羅帝は爆裂四散、ただの土塊や枯葉へと清められた。


 だが勝利の余韻に浸る間こそあれ、鬼岩城から再びオロチが飛来し、その口から巨大な火球を吐き出して鬼たちを散らす。
 浜に転がって難を逃れた響鬼は腰から音式神・白練大猿を投げた。それは呪術の力により巨大化な岩の猿となりオロチを殴りつける。
 しかし音式神ではオロチを清めることはできない。オロチの気が白練大猿に向いているうちにと響鬼は猛士の剣を手に執る。
「猛士、行くぞ!」
 白練大猿がオロチを取り押さえる瞬間を見計らい、響鬼が飛び掛る。だが白練大猿の両の手では押さえ切れなかった尾が響鬼を浜に跳ね落とし、猛士の剣を海に没せしめた。
 さらに鬼たちが響鬼に駆け寄ったそのとき、ついに白練大猿が力尽きてしまった。自由を取り戻し、自侭に火球を放つオロチ。それは容赦なく鬼たちの頭上に降り注ぐ。
「響鬼さん!」
 火中に消えた鬼たちに絶叫する明日夢と、勝利の咆哮を上げるオロチ。
 炎が消えたそこには満身創痍の、あるいは力なく立ち尽くし、あるいは膝を屈した鬼たちがいた。しかしその顔は一瞬たりともオロチからそれることはない。


 何がそこまで彼らを駆り立てるのか――彼らの傷だらけの姿を見た明日夢は居ても立ってもいられず、気付けば猛士の剣が沈んだ海に向けて走っていた。海の上にはオロチがとぐろを舞いていたが、身の危険を顧みず海中に身を躍らせた。
 海はオロチの暴奔によって凄まじいまでにうねり、明日夢の体は上下左右と弄ばれた。それでも諦めずに息の続く限り海底を探す。
 しかし土砂や海草が巻き上げられた海中では一向に猛士の剣は見つからず、幾度めかの息継ぎに失敗した明日夢は水に足を引かれるまま海底に没していった。
―――おい、お前。目ぇ開けてみろ。
 幻聴だったのか。明日夢はその声に促されるまま、閉じかけていた目を開く。すると、目の前に猛士の――兄の剣があった。かすれかけた意識の中でそれを手に取り、抱きかかえるようにしっかりと握り締める。
―――よーし、よくやった! 響鬼はあそこだ、必ず届けろ!
 思い切り足を蹴り、信じられないほどの速さで海面に顔を出す。浜では響鬼が烈火剣を手に戦っていたが、全身傷だらけで苦戦しているのは誰の目にも明らかだ。
 傷ついた鬼たちも援護しているが、威吹鬼と羽撃鬼が放つ鬼石は弾かれ、轟鬼は何度も烈雷を刺そうとしてそのたびに振り落とされている。西鬼の偉羅射威も煌鬼の軽佻浮爆も凍鬼の一撃怒涛も、遠隔に音撃する技だからかまったく効いている様子がない。
 しかし、希望もまたあった。
 物陰に隠れているばかりだった村人たちがその身を乗り出し、声を荒げながら石礫を放っているのだ。声は鬼への悪罵ではなく、鬼への応援とオロチへの罵倒。石礫は鬼たちに向けたものではなくオロチに向けたもの。
 明日夢は息がつかえているのも気にせず、ありったけの力を振り絞って浜へ浜へと泳ぐ。
―――ほら、明日夢。もうちょっとだ、頑張れ。俺の代わりに響鬼さんを助けてあげてくれ。
 頭に響いてくる声から力をもらい、明日夢は泳ぐ。
―――カブキと……猛士、兄さん?
 自分を励ましてくれた声に心の中で問いかけるが、答えはない。そのかわりに浜のほうへぐいぐいと引っ張ってくれているような気がした。
 がつり、と膝に石が当たり、もう足が付くことが分かった。立ち上がってざぶざぶと水を掻き分け、響鬼に向かって走る。
「大丈夫か、少年!?」
 海から上がってくる明日夢に気付いた響鬼が音撃棒を構えたまま声をかける。それに頷いて答えた明日夢は、残る力のすべてを使って響鬼に猛士の剣を投げ渡す。
「響鬼さん、これを!」
 猛士の剣はまるで意思を持っているかのように寸分の狂いもなく響鬼の手元に向かう。
 響鬼がそれを握ったとき、まるで思いを力に換えたようにその身に猛る炎の気が爆発的に増大した。気は響鬼を紅にし、さらに高まり続ける。体に収まりきれなくなった気は外に漏れ出し、炎となって響鬼の体に纏われる。
 炎の鎧―――響鬼・装甲。
 実体を持たぬはずの気が増幅され、放散されることなく響鬼の体にとどまることで半ば実体を得て鎧となったのだ。
 燃え盛る鎧に包まれた響鬼は、すぐそばに猛士を感じていた。感じるままに体を動かす。
「音撃刃・鬼神覚声!!」
 響鬼の叫びが轟く。それは猛士の剣を振るわせて増幅され、オロチに達した。音でありながら炎の気に満ちて紅く見えるそれが、オロチの巨体を包み込む。
 しかし声そのものが音撃である鬼神覚声を受けながらも、オロチは倒れない。あまりにも強い変化の力が、それを清める力を上回っているのだ。苦しそうにのたうちながら、押し潰さんとしてか徐々に響鬼に近付いてくる。
「はぁ――――――はぁっ!!!」
 いま一声。目の前にオロチが迫っても、響鬼の足が後ろに下がることはない。背に負ったものを守るため、立ち止まることはあっても下がることはゆるされない。
 鬼神覚声に包まれたオロチの首元で小さな光が灯った。それは響鬼の真紅であり――緑だった。
 光はちっぽけなものだったが、響鬼の声に応えて見る間に大きくなり、ついにはオロチを覆い尽くすほどになった。
 清めの音が高まり、響鬼の目の前に『鬼』の文字となって固定化される。無我夢中でそれを斬りつける――というよりも、斬撃に乗せてオロチにぶつける。
 斬撃がオロチに届くと、真紅と緑の光がひときわ強くなる。そして――
 豪!
 業!!
 轟!!!
 オロチは山河を揺するほどの爆音を残して消え去った。残ったのはオロチの体を成していた木の葉や枯れ木などのごみばかりだ。
 その音が薄れないうちに、それを上回るほどの歓声があちこちから沸きあがった。明日夢の村の人たちが、なんと鬼たちと手を取り合い抱き合って喜びを分かち合っているではないか。
 響鬼は変身を解き、微笑を浮かべてそちらへ向かおうとした。が、わずかな輝きがその足を止めた。視界の隅で一瞬だけ光ったそれが気になり、つい先ほどまでオロチの巨体が舞っていた海面に目を凝らす。
「あれは――」
 ざぶりざぶりと海に入り、そこに向かう。そこには、緑の音撃棒――烈翠が漂っていた。その透き通った鬼石には一点の曇りもない。
「あいつ、やってくれたな」
 烈翠を手に取り、くるりと回して空にかざす。
「カブキ―――お前、立派な鬼だったぜ」
 ふわりと、さわやかな微風が吹き抜けていった。


仮面ライダー響鬼と七人の戦鬼

外伝

歌舞鬼物語

了




<前次>

inserted by FC2 system