続く歳月


 イブキは戦いの後に再び大名暮らしに戻ったが、やはりすぐに飽きた。国を信じられる者に任せて自由の身となり、鬼たちを補佐する組織があると聞いた大和の国は吉野に向かった。はじめは物見遊山くらいの心積もりだったようだが、しばらく逗留するうちに大名だったイブキは彼らの組織運営のずさんさにほとほとあきれ返って口出しするようになった。
 彼の指図によって組織は見事に統率・体系化され、魔化魍退治が効率化されることでより多くの人命を救うことができるようになり、そのうえ鬼たちが死傷することも格段に減った。それにより新参と疎まれていたイブキは重要な地位に着く。やがて彼の家系――和泉家――は組織の宗家として尊敬を集めることになった。


 明日夢らは鬼に対する偏見をきれいさっぱりと捨て去り、以後は全力を尽くして鬼を助けた。彼らの活動により、いまだ京を中心にした地域にしか勢力範囲を持たなかった鬼を補佐する組織――後に明日夢の兄の名から『猛士』と名付けられる――は関東以北にも急速に拡大していった。


 トドロキは腕のいい大工として名を馳せ、凄腕の鬼として名を轟かせた。彼が使った音撃弦・烈雷は常に改良を加えられ、現代においても代々受け継がれる稀代の名音撃武器としてその名を馳せている。いや、まあ先代ザンキことザルバトーレ・ザネッティなどという微妙な者もいるのだが、その黄金のように気高い精神もまた、烈雷とともに代々受け継がれている。


 トウキはオロチとの戦いの後に旅を始め、佐渡島で出会ったムジナとタヌキの間に生まれた桜達という少年を連れて諸国を行脚した。晩年は蝦夷地に戻り、魔化魍退治の傍ら子供たちに読み書きや算術を教えて暮らした。望みどおり悟りが開けたのかはわからないが、人々の言によれば彼は仏のトウキと呼ばれていたそうだ。
 後世では猛士北海道支部長は代々のトウキが務めることが慣例となる。
 その桜達という半妖は姿を変え容を変え、主であり師であったトウキが逝った今でも鬼とともに人に害をなす魔化魍と戦い続けているという。人に非ず、妖に非ず、生き物に非ず。肉体を捨てた魂に寿命はなく、ただ歳月とともに鬼の生き様、死に様を目にするその心中は計り知れない。


 ハバタキは愛する妻子の許に帰り、幸せに暮らした。もちろん妻子を含む人々の安寧を脅かす魔化魍に容赦はせず、それを知る者たちからはまさに鬼と恐れられたという。


 ニシキは人知れず盗賊を続けながら――といっても私利私欲のためではなく義賊だが――鬼の組織に協力して魔化魍と戦い続けた。妙なことに代々のニシキには『真剣白歯取り』が秘伝として伝えられた。


 キラメキは後に瀬戸内に移り住み、水棲魔化魍が多く発生する四国を守る鬼たちに水中戦闘を伝授する。遍路による結界で他の地域とは違った傾向を示す魔化魍に対抗するためには、彼の知識と経験が非常に役に立った。
 後にその子孫は東北に移り住み、限られた者しか使いこなせない音撃鼓の手打ちを伝える重鎮として尊敬を集めることとなる。


 カブキは弟子を持つことなく逝ったが、かつて魔化魍から助けた少年がチキの許を訪れて修行し、カブキを継いだ。その際にカブキがどうなったかを知っていたチキはカブキ襲名をためらったが、少年は自分を救い進むべき道を示してくれたカブキを信じてその名を継いだ。彼からすればカブキは紛れもなく師匠なのだ。


 ヒビキはオロチとの戦いでひたすらに生きようとする明日夢に教えられた。猛士が死んだのは誰のせいでもない事故だったのに、自分はそれを口実に自分で選んだ鬼という道から逃げていたのだ、と。
 彼はすぐに鬼に復帰して魔化魍との戦いを続け、弟子を取り志を伝え続けた。
 そして今、巨大な船の上では―――
「イルカがいるぞ、たくさんいるぞ、ぞ、ぞ、ぞ、ぞ、ぞぞぞぞそそそそ蘇我入鹿♪」
 いささか調子外れの替え歌を楽しそうに歌う壮年の男と、それを訝しげに見つめる一人の少年が―――




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