傾く鬼


「音撃打・業火絢爛!」
 二本の音撃棒が、巨大に投影された清々しい緑色の音撃鼓を乱打する。その一撃ごとに音撃鼓は強烈な衝撃波を放ち、目の前の化物――魔化魍ヌリカベに清めの音を伝えてゆく。
「はぁ――っ、やぁっ、はっ、せぃっ!」
 化物を一方的に打ちのめしているのは――こちらも化物。筋骨隆々たる肉体に絢爛たる衣裳を纏い、その頭には大きな角。見まごうはずもない。
 それは、鬼。
 舞うように太鼓を叩くその姿は、美しい。
「ぅらぁ―――っ!!!」
 一際大きく音撃棒を振りかぶり、とどめの一撃を叩き込む。
 轟ッ!
 強烈な爆音が周囲一帯を震わせ、村人たちを恐怖に陥れた魔化魍は爆散した。
「ふぅ…」
 鬼は輝きとともにその身を人に変じる。否、人に戻った。その姿は見目麗しい青年。傾奇者と呼ばれる、奇矯な生き方を身上とする当代の若者にありがちな格好をしている。傾奇者がしばしば敬遠されるこの田舎にあっても、女の一人や二人すぐさま擦り寄ってもおかしくないほどの美男子だった。
 それを物陰から見ていた男たちが認め、そこここから走りよってくる。その手には笊があり、そこに幾許かの野菜や糒などの食い物が載っている。
「いやあ、ありがとうございました! これでわしらも安心して暮らせるというものです!」
「ん。ま、そう畏まらなくたってな。あんた達は魔化魍がいなくなって喜んで、俺は食い物をもらって喜ぶ。いいじゃないの、これで」
 青年は人懐こい笑顔で笊を受け取ると、そこに盛られているものを懐から出した風呂敷に無造作に包んでゆく。
「はぁ、まことにありがとうございました。本当に、こんなものでよろしかったので…?」
「ああ、いいってことよ。そんじゃ、あばよ」
 青年は軽く手を上げて、すたすたと去ってゆく。その一挙手一投足がすべて惚れ惚れするくらいに様になっている。だが、村人たちの口から漏れた感想はそうではなかった。
「人を捨てた化物め……鬼に頼らねばならんとは、末代までの恥だ…」
 口々に似たようなことを吐き捨て、青年とは逆に歩き、彼らの村へ帰ってゆく。一人は空になった笊を恨めしそうに見つめている。一人は「鬼が触ったものなど使えるか」と口の中でつぶやき、返してもらった笊をまるで親の仇でもあるかのように忌々しげに道端に投げ捨てた。
「――――――――――――――」
 豆粒ほどに小さくなった青年の耳には、しかしそれらがすべて届いていた。人が持つすべての力を極限まで高めた鬼は、人の姿のままでも超人的な能力を持っているのだ。
 彼は人が好きだった。人が魔化魍に殺されるのに堪えられなかった。だから鬼を探して、その弟子になった。血のにじむような鍛錬の果てに魔化魍を倒して人を守る力を手に入れてみれば、待ち受けていたのは守るべき人からの軽蔑だった。
 曰く、鬼は魔化魍だ。
 曰く、鬼は人を捨てた。
 曰く、鬼などにかかわるな。
 命を賭して人を守って、人から与えられるのはわずかばかりの報酬とそれを遥かに上回る軽蔑や侮辱の言葉だった。失せろ、と武器を手に追い立てられることさえままある。彼が欲しいのは報酬でも軽蔑でもない、人の笑顔だけなのに。
「ま、いいってことよ! 傾奇者が好かれようってなぁそもそも間違ってらぁ!」
 からからと笑うその顔は、チキの弟子だった嘉介のものではない。人好きのする優しい顔だが、そこには人を守る力を持つが故の自信と責任がある。
 青年の名はカブキ、彼が変わった戦鬼の名は歌舞鬼という。
 誇り高く強い鬼である。少なくとも、今はまだ―――

仮面ライダー響鬼と七人の戦鬼

外伝

歌舞鬼物語




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